龍のシカバネ、それに月
6
唇を離した紅騎さんはさっきと同じ無表情で、灰爾さんに背後から取り押さえられて。 僕は後ろから青鷹さんに抱き込まれた。
青鷹さんの胸に背中をくっつけた拍子に、口に押し込まれた何かが、ごくんと喉を下った。
「紅騎! 優月は碧生さまの!」
「決まってないよね。まだ、東のものじゃない」
しれっと言いはなった紅騎さんは灰爾さんの腕を払って、僕をじっと見た。
なんだか、吸い込まれそうな目をしていて、でも視線を逸らすことができなくて。
「優月、今、飴のかけら飲み込んだでしょ? 龍の口から与えられたものを飲み込んだら、その龍からは一生涯離れられないんだよ」
「……え……」
確かに、飲み込んでしまった。
紅騎さんの口にあった溶けかけた甘い、小さな塊を。
(一生涯離れられない? 紅騎さんから? じゃあ、東にはいられなくなるの? 青鷹さんのそばにも?)
ぐるぐる回りかけた思考回路に、紅騎さんはさっきと同じ無表情で「なんてね」と呟いた。
「えっ!? 嘘!? ですか!?」
「そんな話、あるわけないじゃない。単純だなー、匣姫さまは。こんなんで大丈夫なの?」
「紅騎、おまえ、優月ちゃんを苛めんな! つか、食うな!! ったく、南は代々手が早いんだから!!」
激昂する灰爾さんを前に、紅騎さんは唇を舐めた。
「前の匣姫さま見てるときから、“匣姫”って、どんな味なのかと思って。最高。さすが匣宮」
絶対欲しい、と続いた紅騎さんの台詞に、ぞっと背筋が粟立った。
僕を抱く青鷹さんの手に、きゅっと力が入る。
紅騎さんはじっと僕を見つめた後、やっぱり朝陽を見て、灰爾さんへと視線を戻した。
「『南は代々手が早い』 そのおかげで“今の匣姫さま”は無事だった。そうだろう?」
くすっと笑みを浮かべ、「感謝してほしいくらいだよ」と言う紅騎さんに対して、灰爾さんは珍しく笑顔を崩して、不愉快だと言わんばかりに眉間にしわを刻んだ。
「そもそも、南が手を出さなければ北が――」
「灰爾」と青鷹さんが台詞を千切るのと、朝陽が皆を押し退けて僕の手を取ったのは、ほぼ同時だった。
いつの間にか、久賀の家に来た時のスポーツバッグを片手に持っていて。
寝間着姿のままの僕の手を引くと、朝陽は廊下を走った。
誰かが追いかけてくる足音に振り返る。
「待て、朝陽。優月をどこに連れてっても……」
「『優月が匣姫であることには変わりない』か? あんた、よく平気だよな」
青鷹さんに向かって突っかかる朝陽の手を、今度は僕が取る。
このままだと、朝陽が酷いことを言いそうで。
そして言ったことで、朝陽がまた傷つきそうで。
「朝陽、黙って。言わないで」
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!