龍のシカバネ、それに月
4
碧生さまが部屋を出て行ったあと、朝陽に布団をかぶせて着替えていると、食事の用意ができたと知らせを受けた。
すぐ行きます、と答えて振り返ると、反対側の廊下に青鷹さんが立っていた。
初めて会った時みたいにスーツを着て、ちょっと慌てたみたいな顔をして。
「青鷹さん。背中の傷は、どうですか?」
「あ……。跡形もない。優月のおかげだ」
「良かっ」
ふいに、抱きしめられた。
今度はこっちが驚く番だった。
「ど、どうしたんですか?」
「優月が、目が覚めたら……出て行ってしまうんじゃないかと思っ……」
そういえば、まともに話したのは、風呂場でした匣姫指南が最後だった。
雑木林で会った時は必死で、会話らしい会話はできてなくて。
「僕が助かったのも、青鷹さんのおかげです。影を、取ってくれたから」
「黙っていたことを許してくれ。……その、匣姫の、実情を……言ったら、優月が出て行ってしまうと思っていた……」
僕の肩に顔を埋めたまま言うのを聞いて、青鷹さんの肩に両手を置いた。
スーツの肩は大きくて、さらさらしている。
僕に、青鷹さんが出て行かないで欲しいと思ってくれていたことが嬉しかった。
それが、碧生さまの匣姫として、という理由であるとしても。
「出て行く」
背後に、いつの間にか朝陽が起き出して立っていた。
青鷹さんが、ゆっくりと僕の体から離れて朝陽に目を合わせる。
眉をつり上げた朝陽は息を吐いてから、一息に言いきった。
「優月を連れて出て行く。ここ以外なら、どこでもいい」
「朝陽、なに言って……」
急に激昂する朝陽がわからなくて言葉を挟むと、鋭い目が僕に視線をくれた。
「聞いたんだよ、全部! 匣姫とか、何なんだよ!? そんな理由つけて、優月のこと抱くとかっ……意味わかんねえ! 田舎の風習だか何だか知らねえけど、一族みんなどうかしてる!」
一気に言葉を叩きつけてきた朝陽に、青鷹さんは目を逸らさない。
「どこに行っても、優月が匣姫であることには変わりがない」
西と南は、匣姫である僕が東にいることを知っている。
三龍と顔合わせすることも。
だから東に所在がわかっている間は追いかけ回してくることはない。
でも、東から出たら?
――龍にとって匣姫は必要。
(追ってくる……よね)
匣宮も匣姫も邪魔だと思う北龍は、僕の存在を知っている。
無論、追ってくるだろう。
追いかけて、追いつめて、
――殲滅……。
体にぶるっと震えが走った。
あのまま影に苛まれていたら、いずれ北龍の手に落ちた。
先の匣姫は北龍の手に落ちた後どうなったのか、誰も知らない。
「い、行かない……行けない……」
「優月? なんで?」
怪訝な顔をする朝陽に、うまく説明できなくて押し黙ってしまった。
どう説明すれば、朝陽にわかってもらえるのか。
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