龍のシカバネ、それに月
7
引き上げられて膝で立ち、両腕を青鷹さんの肩に導かれる、風呂場でも取らされた格好だ。
嫌だ、と言おうとして、青鷹さんの肩が生暖かく濡れているのに気がついた。
風呂場で濡れた湯の匂いじゃない。
(血の、匂いがする)
暗いし、この姿勢じゃ、傷がどこかわからないけど。
肩から背中にかけて濡れている場所に手を伸ばした。
僕の力を青鷹さんにあげて。
僕が青鷹さんにしてあげられることは、こんなことくらいしかない。
そう思った瞬間、脚の付け根を割って、青鷹さんの指が中に入ってきた。
「……ひう……痛っ……」
「我慢。入れられた影を掻き出さないと」
“影”。
きっと僕の体を這っていた泥のことだ。
あれが僕の体内に?
ぞわっと背筋が粟立つ。
気持ち悪い。
青鷹さんの指が、今までみたいに優しく探るような動きじゃないのがわかる。
性急で、余裕がなくて。
「んんっ……や、痛い、……青鷹さんっ……」
「しがみついてろ。噛みついてもいいから、じっとしてろ」
青鷹さんの肩に涙をこぼして、唇を押しつけながら、言われた通り下半身は動かないように耐えた。
同時に、青鷹さんの背中の傷をどうにかしたくて。
貼りつけた手のひらを離さないように、じっと堪える。
「……ひぅ……」
ややあって、ずるりと指が抜けた。
崩れ落ちそうになる体を、青鷹さんが腕で抱き上げて、元通り肩にもたれるよう戻してくれた。
びしゃっ、と何かを打ち付ける音がする。
青鷹さんの指から払い捨てられた“影”が、土の上で白い煙を上げて消滅していくのが、涙でぼんやりする視界に映った。
(あれが、僕の中に……)
気味が悪い。
まだ体は熱を持って、下腹も鈍痛が続いていて。
立ち上がりたいのに、体が言うことを聞かない。
同じ時に、空気を薄く裂いたような音がして、もう一人、人影が現れた。
よく見えないけど多分、見たことのない人だ。
青鷹さんの少し緊張した声が、「灰爾(はいじ)」と呼んだ。
やっぱり聞いたことのない名前だ、とぼんやり思っていると、名前を呼ばれた彼はさくさくと小気味良い足音を立てて近寄ってきた。
「それが匣姫か? まだ随分な子供じゃねえか。雪乃さまの話とイメージ違うな」
雪乃さま……白い綺麗な靄だった、あの西龍の一族の人?
年ごろは多分、青鷹さんと同じくらいだろう。
きつく見えるつり目が涼しげで、気の強そうな印象を受ける。
青鷹さんと同じように、体のあちこちに血と泥の汚れが浮いていた。
「おまえ、背中に傷を受けてたろ? 匣姫ちゃんは俺が運んでやるよ」
「大丈夫だ。西の世話にはならん」
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