龍のシカバネ、それに月
5
もっときちんとお礼が言いたかった。
母が亡くなって不安でいっぱいだった僕を助けてくれて。
お金も、援助してくれて。
いつか少しずつでも返していきたい。
そう思っていたのに、連絡先もわからない。
(……朝陽は何を心配してたんだろう……)
目の前で「どうする?」と心配そうに視線をくれる彼女に「やっぱり探しに行きます」と返した。
本人の意志なら、とロビーまで送ってくれた彼女は、施設のリーフレットをくれた。
巻末にある住所を見て驚いた。
アパートからかなり距離がある。
(朝陽はどうやって、ここまで僕を運んだんだろう?)
気を失ってる僕を連れて長距離移動なんて目立つし、大変に決まっている。
そうまでしてどうして僕を施設に預けて、そしてどこへ行ってしまったのか。
駅までのバスの時刻を聞いてから、道順を訪ねた。
リーフレットに載っている地図を指して教えてもらい、もう一度お礼を言って、施設を出た。
当てがあるわけじゃない。
来たことのない場所で、朝陽がどこに行きそうか、なんて想像もつかない。
バスの停留所を過ぎて、歩く速度を速める。
アスファルトが打ってあるものの、片方は山、もう片方は細い川にガードレールという田舎道だ。
通り過ぎる車も皆無と言っていい。
空を仰ぐと、灰色の雲が重くのしかかっていて、今にも雨が降りそうだ。
何時なのかわからない。
お腹も空いていない。
食べていないのに空腹を感じないのは、色々と起こるからだろうか、とぼんやり思う。
(とにかく一度アパートに戻る。朝陽が戻っているかもしれないし。戻ってなかったら、朝陽の友達の連絡先を調べて、片っ端から電話してみて……。……もう)
こんな時にどこへ行ってしまったのか。
こんな時だからこそ、そばにいて欲しいのに。
そんなことを思って苦笑が浮かんだ。
朝陽を頼りにしていたのは、実は僕のほうかもしれなかった。
早く家に帰りたい。
暖かいごはんを食べて、お風呂に入って。
朝陽と母さんと、話して笑って……。
頭を横に振る。
母さんはもういない。
朝陽を探し出さなきゃ。
これからのことを考えないと。
「っ。雨っ……」
降りだしそうだと思っていたのが、降ってきた。
足元にぱらぱらと水玉が増えるのを見ながら、走った。
幸運にも、道の山側に、少しせり出して生えている木が見つかった。
「良かった、雨宿りできる」
何の木かはわからないけど、濃い緑色をした枝は細かく絡みあいながら対岸へと伸びている。
背も低い。
まったく塗れずに済むというわけじゃないけど、おおかたの雨はしのげる。
土砂防止のコンクリート壁に背中をもたれさせ、膝に置いた鞄からタオルを引っ張り出し、頭に被った。
(中身ぐちゃぐちゃだよ、朝陽ったら)
朝陽が詰めたらしい荷物は、中身が整頓されていなくて、どこに何があるかわからない。
たたんでいない制服まで丸めて入っている。
こんな遠くに連れて来られたら、学校になんて通えないのに。
(荷物を詰めた時点では、行き先を決めていなかった、ってことかな)
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