龍のシカバネ、それに月
5
自然現象なんかじゃない。
あれは……。
光の糸が伸び、あちこちでちらちらと明滅する。
(全部、龍だ)
昼間、東龍屋敷にいた白い龍。
正体は靄だったけど、あの実体が、今夜空に蠢く糸なのだろう。
ちらちらと輝く光は、攻撃の時に手から出る光。
(これは、龍が戦ってる光景なんだ)
でもいったい、何を相手に?
匣が必要だと言うのはこのために?
この中に、蒼河さんはいるのか?
青鷹さんも?
怪我をして帰ってきた昨晩の青鷹さんを思い出して、ぶるっと身震いを感じた。
立ち止まって天を仰いだまま、考えを巡らせる。
青鷹さんは蒼河さんに「応戦しろ」と言っていた。
龍の戦場がここから見えるということは、地響きを感じた東龍屋敷から遠くない場所だということなのか?
「帰らなきゃ……青鷹さんが、また怪我をして帰ってきたら……僕が、いなきゃ……」
『…………コ……』
何かが聞こえた。
くぐもった、人の声のような。
辺りを見回すも、ざわざわと揺れる木々が見えるだけだ。
今立っている方向の逆を行けば、多分帰れる。
踵を返して、そろそろと歩き始める。
誰かの姿を見たわけじゃない。
はっきりした声を聞いたわけでもない。
でも誰かが、……何かがそばにいるような気がして仕方がない。
柔らかい土を踏んで、今まで無意識に歩いてきたであろう道を、ゆっくりと引き返す。
『ハコ……の、匂い……まさか……』
木々が風に揺れる音に混じって聞こえた声に、足を止めた。
“匣の匂い”と言ったのか?
髪を揺らす風が、夜の雑木林をも揺らしていく。
『……ハコミヤは死んだ……ハコが、いるわけが……ない……』
『ハコ……の、匂い……』
『死んだ……はず……皆……匣姫……』
かちかちと小さな音が聞こえるのは、僕の歯の音だ。
無意識に強ばった体が、震えている。
――12年前、匣宮は呪詛を受けて壊滅した。
蒼河さんの声が、頭に反響する。
声の主は、呪詛を行った者たちの……?
……逃げなきゃ。
そう思った瞬間、視界がぐにゃっと歪んだ。
まるで水面に浮かべた絵具の雫が、流れにそってマーブル模様を描くみたいに、夜の藍色と木々の黒が混ざりあっていく。
「――――っ……!」
考えることを放棄したらしい頭に代わって、足が勝手に走り出した。
柔らかな土は次第にぬかるんで、びちゃびちゃと不快な音をたて始める。
周りの景色はもはや林であった原型を留めず、赤や紫も混ざった、夜とは言えない抽象画のようで。
「はぁ、はぁ、……っ…」
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