龍のシカバネ、それに月
4
咄嗟に、青鷹さんから庇うように抱きしめられて、慌てて押し戻す。
「さっ……触らないで下さいっ……」
顔色を曇らせて、そっと放してくる。
そのまま、光を納めた蒼河さんに振り返った。
揺れは収まったのに、どうしてか恐怖心が収まらない。
外で得体の知れない何かが起こっている、根拠のないそんな予感がして。
「蒼河。隊を連れて応戦しろ」
「――わかった。優月」
青鷹さんへの返事の後に名前を呼ばれて、ぎくっと顔が強ばる。
「なに……」
「俺が言ったことは、全部本当だから。俺の匣姫になる話、考えておいて」
「……っ!…」
真っ直ぐな目を向け、短い笑みを残して、蒼河さんは風呂場を出て行った。
僕も、ゆっくりと立ち上がる。
青鷹さんと目が合う。
もう元の冷静な顔に戻っている。
「蒼河に任せて大丈夫だとは思うが、様子を見に行く。今できなかった分、あとで薬を挿れるから、部屋で待っていなさ……優月っ!?」
話の途中だったけど、風呂場を出ていってしまった。
脱衣場で脱がされた浴衣を拾って、歩きながら着る。
爆発音も気にはなったけど、それ以上に混乱していた。
僕にとってとんでもない未来でも、青鷹さんにとっては普通のことなんだということがたまらなかった。
僕が、碧生さまに力をあげるために体に受け入れることも、他の龍と関係を持つことも、青鷹さんには大したことじゃない。
むしろ、そうするために僕を導いてきたんだから。
ずっとそんなことを考えながら廊下を歩いていて、ふと自分の足元に目が行った。
裸足に……雑草がまばらに生えた、土。
湿り気を帯びた土は柔らかく、足の裏を包むようで痛くはなかった。
顔を上げると、夜の闇に雑木林が影絵のように浮かび上がって見えた。
(なに……ここ、どこ? 東龍の井葉の家にいたはずなのに……)
青鷹さんの冷静な顔を見ていると、無性に悲しくなって、風呂場を出た。
廊下を歩いていた。
部屋に戻ったら、その内青鷹さんが来てしまうから、延々と続いている廊下を、宛もなく歩き続けて。
青鷹さんに捕まえられて、怒られても不思議じゃなかったけど、追いつかれはしなかった。
外で、色名の龍である蒼河さんが行くほどの何かが起こっていたから、青鷹さんもそっちに行ったんだろうと思っただけだった。
(帰らなきゃ……)
そう思ってから「どこに?」と自問が浮かんだ。
帰れない、どこにも。
青鷹さんを頼れば、匣姫指南は続く。
かと言ってこのまま逃げても、いつか“匣姫”を必要としている龍に見つかってしまう。
匣姫見習いが帰るべきだろう場所、匣宮は呪詛によって壊滅した。
「!?」
林の中の黒い影が揺れたような気がした。
風が吹く。
ざわざわと揺れる木々を仰ぐと、隙間に藍色の夜空が見えた。
その藍色に、糸のよう形をした細長い光が、無数に動いているのがわかる。
昨日、久賀の家で海路さんと見た、不思議な自然現象。
(違う)
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