龍のシカバネ、それに月
3
(“何人もの男に抱かれる可能性がある”って、いったい何のこと……)
やめろ、と言いながら蒼河さんのシャツの襟元を掴みかかる青鷹さんが、湯気でけぶって見える。
まるで、わからないことだらけの僕の頭の中みたいに。
「いいか、優月。匣姫は男だろうが女だろうが、龍に抱かれて力を与える。東龍に仕えるなら東龍と寝る。東龍が部下の龍に力を分けろと言えば、東龍以外の奴らとも寝る。それが匣姫なんだよ!」
「蒼河、黙れ!!」
青鷹さんが、蒼河さんを殴り付けて、積まれた桶が崩れる派手な音がした。
そんな音より、何より、蒼河さんの言ったことが頭にわんわんと反響していて。
「は、匣姫って……」
東龍に抱かれて力を与える?
碧生さまの匣になったら、碧生さまに?
男、なのに?
「優月」
青鷹さんが呼びかけてくる声に、顔を向ける時、骨がきしむような感じがした。
うまく振り向けない。
「はる、たかさ……んは、知ってた……んですよね、勿論……。知っていて、碧生さまの所に……連れてきたんだもんね……」
「…………。ゆっくり教えていくつもりでいた」
掠れたような絞りだすような、そんな声が、青鷹さんももしかしたらつらい気持ちでいるのかもしれない。
でも、頭まで固まってしまったみたいな僕には、色々なことを今すぐ考えるのは無理で。
青鷹さんを押し退けて、僕の前に膝をついた蒼河さんが見えても、何とも思えなかった。
「優月。俺の匣姫になれ。そうしたら一生守って愛してやる。他の龍に触らせたりもしない。だから、俺の匣姫になって、俺を東龍にしろ」
両肩に置かれた蒼河さんの手が痛いほどで。
蒼河さんの言ってることが、真剣なんだってことはわかった。
「いいかげんにしろ、蒼河!!」
青鷹さんの手が、激しく光った瞬間、僕の目の前にいたはずの蒼河さんがものすごい勢いで壁に打ち付けられた。
手を触れずに、人を吹き飛ばす力。
人じゃない、能力。
跳ね返るようにして落ちた蒼河さんも、あまり打撃を受けていないような顔で、むくりと起き上がる。
「世が世なら、青鷹が仕えているのは碧生さまじゃなくて俺だったはずだ」
蒼河さんの手に光が滲む。
こんなの堂々巡りだ。
――色のついた名前を持つ龍に気をつけて。
――靄の身で、色名の龍の相手は分が悪うございます。
(色名の龍……『青』鷹、『蒼』河……)
二人の話から、きっと名前に色を持つ龍は力があるんだろうことぐらいは、僕にも想像がつく。
その二人が対峙して、無事で済まないだろう想像も。
始めの頃、能力で相手が死んでしまうことなんてないと、青鷹さんは笑いで流したけど。
あれ以来、想像を超える出来事ばかりで、何が本当なのかまるでわからない。
その時だった。
「っ!?」
爆発したような音がして、視界がぐらっと揺れた。
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