龍のシカバネ、それに月
1
“匣姫の指南”というのが、どういうものなのか、最初に説明があったら、僕はどうしていただろう。
僕は“匣姫”の役割が何なのか、本当に何もわかっていなかった。
「なんで、青鷹さんと入らないといけないんですかっ……!?……」
風呂場の脱衣場で、僕の浴衣に手をかけてくる青鷹さんは至極大真面目な顔で「観念しろ」と短く言う。
風呂なら匣宮から帰ってきた時に一度入っている。
まだ洗った髪は湿気が残っているほどだ。
もう一度入れと言われる理由もわからないけど。
(青鷹さんに洗われる意味がわからないっ……!)
子供じゃあるまいし、なんで体を洗われないといけないんだ!?
「指南を受けると言ったのは、偽りか?」
「――っ……言いましたけどっ……」
匣姫の教育。
例えば座禅みたいなものとか。
呪文ぽいものを覚えるとか。
占いっぽいものができるようになる、とか。
最初が青鷹さんと風呂なんて、思うわけがない。
浴衣の襟元をがしっと掴まれて、青鷹さんがずいと顔を近づけた。
「言った。だから逆らうな。さっさと脱ぎなさい」
シンプルな言い分を突きつけられて、しぶしぶ帯を解いた。
夕方連れて行かれた、まるで旅館の大浴場ほどの大きさの風呂とはまた違って、小さめの風呂場だ。
中に入ると、浴衣の袖に襷(たすき)をかけながら、当たり前のような顔をした青鷹さんが従いてくる。
湯船を指して「浸かりなさい」と言われるがまま、かけ湯をして身を浸す。
(何なんだろう……)
浸かっていてすることもなくて、袂から何かを取り出す青鷹さんの手元をぼんやり眺めた。
青鷹さんの手のひらにはすっぽり収まる小さめの瓶が2つ。
1つはホテルで見た、透き通った液体が入っていて、その用途はなんとなく思い出せる。
(まさか……匂いを消す薬?)
後の1つの瓶の、中身が何なのか気になる。
「暖まったら上がってきなさい」
青鷹さんに言われてる湯から上がると、手招きされて浴衣の肩に抱きつくように両腕を導かれた。
蒸気を吸っているのに加えて、僕の両腕が絡んだ浴衣の肩は、すっかり濡れて色を変えている。
「今から、優月が自分で薬を挿れられるようにするから」
肩から右手だけ外してきて、その手にプラボトルの中身をどーっと流してくる。
予期して いなかった行動に、一瞬止まってしまって。
指の隙間から透明の液体がたらたらとこぼれ落ちた。
「え」
聞いていなかったのか、と青鷹さんの眉間が潜む。
「今から、優月が自分で薬を挿れられるようにする」
「聞いてました! 聞いてましたけど、このぬるぬる、要らないと思います。だって、ただの……座剤……ですよね!?」
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