龍のシカバネ、それに月
4
どうして?
どうしてこんなことをするの?
いったいどうするつもりで?
……唇が動かない。
聞きたいことがあるのに、意識が遠ざかる。
僕を覗きこむ朝陽が、悲しそうな顔をしていた。
目覚めた場所は、保護施設だった。
一瞬病院かと思う景色に驚いた。
そばに、朝陽がいない。
六畳ほどの部屋に敷かれた布団で目が覚めて、端に僕の荷物があった。
中学の修学旅行で使った、朝陽のじゃなくて、僕の。
「朝陽……?」
「あら、目が覚めたのね」
私服にエプロン姿の女性が、大量のバスタオルを持って入ってきた。
そのうちの何枚かを、部屋の棚に片付けている。
「あの、僕。帰ります。弟はこの建物にいるんでしょうか」
「え、帰る? どこに? 貴方、家がないのよね?」
「……え?」
弟さんはそう言ってたけど、と女性スタッフは続けた。
朝陽が『帰る家がない』と?
そういえば荷造りしていた時、『大家さんとこ行こう』って言ってたけど、本気でアパートを出払ってしまったのか?
「それで、弟はどこに?」
「あなたを『自分が迎えにくるまでお願いします』って言って、また出て行ったわ」
朝陽と僕の間に取れていなかった意志の疎通に、女性は困惑していた。
それはそうだろう。
わけがわからないのは僕も同じで、とても彼女に納得してもらえる言葉が浮かばなかった。
慌てて布団をたたんで、着衣の乱れがないかを軽く確認する。
部屋の隅にあったかばんを肩からかけて、彼女に頭を下げた。
「すみません、お世話になりました。弟を探しに行きます」
「ここは入った人を守る場所なの。あなたは誰かに追われてるんじゃないの?」
「追われる? いいえ……」
「弟さんは『自分以外の誰かが兄を迎えに来ても、絶対に引き渡さないで下さい』って言ってたの」
「……朝陽が、そんなことを?」
自分以外の誰かって、誰のことだ?
まさか久賀さんのことを、何か誤解して?
(久賀さん……)
『考えておいてほしい』と言い残して、ホテルに戻って行った。
あの後、アパートにもう一度僕たちを訪ねてきていたら、もぬけの殻になっている部屋を見たことになる。
久賀さんの提案にはっきりした返事もせず、家を出てしまった僕たちは恩知らずに見えるだろう。
きっと久賀さんへの返事を『否』と受け取って、行方を探してまで支援しようとは思わないはずだ。
きゅっと唇をかみしめる。
(本当に、僕は恩知らずだ)
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