龍のシカバネ、それに月
2
目の前に立たれると、物凄い存在感を感じて、体が強ばった。
一歩二歩と近づいてきて、僕の目の前にすっと膝をついた。
視線を合わされ、顎を引き上げられた。
「この匂い。君は間違いなく匣姫の力を持つ者だね」
贄の匂いのことか。
今お風呂に入ってきたばかりなのに、龍であるこの人にはわかるんだ。
「本来、匣姫は匣宮において、四龍のうちの一人に託される。それは知ってる?」
頷く。
知っていると言っても、今日匣宮に行った時に蒼河さんから聞き齧ったのが初耳なんだけど。
僕が知っていることに、青鷹さんは驚いたような顔をしたけど口は挟まなかった。
碧生さまは「そう」と微笑した。
「でも僕は匣姫じゃないって――」
蒼河さんが言った――と言うと、匣宮に連れて行ったのが蒼河さんだってバレて、怒られるかな。
セリフを途中で終わらせていると「よく知ってるね」と碧生さまが相槌を打ってくれた。
「匣姫は優月くんの別にいる。ただし行方不明だ。生死もわからない。我々には匣姫が必要不可欠。だが、匣宮は何者かが放った呪詛により、壊滅してしまった……」
蒼河さんに前以て聞いていて良かったと思う。
青鷹さんは、こういう大切な話は碧生さまの口から直接聞いたほうが良いと思って教えてくれなかったのかもしれないけど。
(あの壊れた匣宮を見ないで、いきなりこんな話を聞いても、理解できなかったかもしれない)
頷くと、碧生さまも「飲み込みが早いね」と笑って頷く。
「でも、我らには希望が残っていた。呪詛の折り、匣宮の能力を引く者で、匣宮にいなかった者がいた。それが、青鷹が見つけ出してくれた、優月くんだよ」
「……はい」
さて、とお茶を一口飲み下して碧生さまはちらっと青鷹さんを見返った。
その視線を受けて、青鷹さんが一瞬口を開きかけたけど、やっぱり言葉は差し控えたようだった。
「優月くん。君は東龍に力をくれる。それで良いのかな?」
「っ!? 碧生さま!? 今更何を……」
今まで何かを危惧するような目をしていた青鷹さんが言い出したことを、碧生さまは手で制した。
心配そうに、碧生さまの後ろ姿を見てから、僕を見る。
青鷹さんの視線を受けても、僕は碧生さまに何と返したら良いかわかっていなかった。
(『東龍に力を与える。それで良いのか』って……そうするように言ってきたのは、青鷹さんなのに)
碧生さまの言っている言葉の意味が、わからない。
まるで、東龍のハコになる以外の道があるかのような口振りに聞こえる。
「お言葉ですが、碧生さま。元来、匣姫本人に四龍のうち誰を選ぶかなど、選択権はありません」
語調を荒げる青鷹さんを背中に、碧生さまは「そうだね」と短く返して、僕を見た。
「さっきも話したけど、優月くんは正式な匣姫じゃない。匣姫として正式に育てられてもいない。君は普通の生活をしていたのが一変して、突然、いわば“匣姫見習い”になってしまった。すでに元来通りとは言い難い。
匣姫は四龍のうち誰かに託される。優月くんも、うちの他に行ける場所は『西龍』『南龍』『北龍』の3つあるということだ。『北』は例外として残りのどこへ行っても、龍はできうる限り、匣姫として力を調整できるよう優月くんを導くだろう。無論、うちに残ってくれるなら全力を尽くす。
東龍以外の、別の道があるということは、優月くんに伝えておきたい。人は自分の選択でしか、生きていけないものだからね」
要するに、
(僕の責任で、どこへ行くか決めろということだ)
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