龍のシカバネ、それに月
3
「……? 何と仰って……」
雪乃さまはまるで、機械のように同じことを口にしていた。
どういうことだ。
この雪乃さまは、俺が術で作った雪乃さまだ。
それなのに制御不能になるなんて、ありえない。
──取リ戻スノデス。月哉ヲ……。
(『月哉を取り戻す』?)
何を言っている?
北龍にさらわれたのは、月哉さまじゃない。
朋哉さまだ。
朋哉さまを月哉さまだと思い込んでいる?
月哉さまがさらわれたあの時と重なってしまっているんだろうか?
それにしても、この雪乃さまの乱れようは、術外だ。
まるで本物の雪乃さまが乗り移りでもしたかのような……。
(“乗り移り”……)
朋哉さまは『二つ月』。
月哉さまの生死は知れないがまさか……。
(朋哉さまの中に、月哉さまが?)
まさか。
だとしても、雪乃さまがそれを知る術があったのか?
すべてが曖昧だ。
それでも西軍を止めなければ、このままでは──。
(……『滅』)
「どなたかっ……お願いです、頭領を止めてっ……」
名門出の西龍の裾にしがみ付いて、そのまま額を地にこすり付けて頼み込んだ。
だが、彼は嘲笑を浮かべて、俺を見下ろした。
「やかましい! おまえごとき、出自もいい加減な子供が頭領を止める? 馬鹿を言うな。今まで頭領のお気に入りだったからと言って、すべてが通ると思うな!」
奥歯がぎり、と鳴った。
出自。
こんな時までもが、家柄か。
西龍が滅に陥るかどうかの瀬戸際だというのに。
なぜ誰もそれに気がつかない?
そいつは土にまみれた俺の襟ぐりを持ち、そのまま自分の顔の高さまで引き上げた。
俺の首筋を、熱を持った舌でぞろりと撫で、下卑た笑みを浮かべる。
「雪乃さまに飽きられたか。何ならわしが後釜として引き受けてやっても良いぞ……?」
「違っ……雪乃さまと俺はそういうんじゃ……」
「その汚い手をどけろ」
横から飛んできたのは紅騎の声だった。
赤い狩衣は泥に汚れてはいたが、頭領嫡男としての凛とした声は、この惨状の中でも深く響いた。
「これは……南龍紅騎後継」
他族でも身分差が上なら、重きを置かれる。
頭領嫡男で後継である紅騎と、色で頭領を誑かした稚児だと思われていた俺とは歴然の差がある。
男は俺を地に下ろし、紅騎に礼を返してから、颯爽と西軍に交じり、黒い空に上っていった。
「違う! 行ってはならないと言うのに……」
「無駄だよ、灰爾。雪乃頭領を止めることはできない」
こんな時でも淡々と言葉を紡ぐ紅騎に、猛烈に腹が立った。
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