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龍のシカバネ、それに月
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 無表情で、何を考えているのかわからないこいつのことが嫌いだった。
 だけど本当はもっと、別のところで嫉妬していたことを自覚している。

 南龍頭領の嫡男。
 名門中の名門だ。

 生まれた時から、家族も財産も名誉も、すべてがそろっていて、なおかつ本人の資質も備わっている紅騎のことを、本当は嫌いだった。





 唇の合わせ目から水音がする。
 部屋に来た時から、紅騎はいつもと違って目に熱を灯していた。

「なんか、あったのか?」

 問いにも答えず、紅騎は俺のシャツの前を開いていく。

 荒い息使いと、蕩けた舌。
 次へ次へと焦って動く紅騎を見たのは、久しぶりな気がする。





 幼い日から、紅騎は何かを諦めたような、達観したような目をしていた。

 何故だ?
 生まれながらにしてすべてを備えているというのに、なぜもっと高見を見ようとしないんだ?

 反対に、俺には何もなかった。
 引き立てて下さる雪乃さま以外は。

 その雪乃さまですら、指の間をすり抜けるようにして、命を落としてしまわれた。
 できあいの西龍頭領を操作している俺を見て、紅騎は表情のない顔を向けてきて、ばっさりと言った。

「それ、疲れないの?」

 二の句が告げなかった。
 俺の術を見破ったのは、後にも先にも紅騎だけだ。

 紅騎は勘が良かった。
 朋哉さまの体が特殊な『二つ月』であることも、早くから気が付いていたようだった。
 おそらく、あの時にはもう知っていたに違いない。

 幼い頃、朋哉さまと、なぜか紅騎が手を繋いで歩いている姿を見かけたことがあった。
 朋哉さまといえば碧生さま、と言われるほど、朋哉さまの隣は絶対的に碧生さまが歩いていたのに、どうしてよりによって紅騎と二人で歩いているのか。

 不思議な組み合わせを前に、後ろからこっそりと二人の後をつけて行った。
 彼らは俺に気づいていないのだろう、一度も振り返ることもなく匣宮へと入って行った。

(さて、こっからどうすんだ?)

 用事もないのに、匣宮に入ることは許されない。
 俺は門の前の草むらに身を潜めて、紅騎が出てくるのを待った。

 待ってどうするつもりだ?
 問うのか?
 なぜ朋哉さまと二人で歩いていたのか?

 別に碧生さま以外の龍が、匣姫のそばにいてはいけないという規律はない。
 紅騎が並んで歩いていたって咎めだてする理由はない。

 ややあって匣宮から出てきた紅騎は、草むらに隠れて見えないはずの俺に、まっすぐ近づいてきた。
 握った手をすっと俺に出して「一個やる」と言った。

「? な、何を」

「菓子。匣宮のばば様にもらった」

 手の内にこぼれたのは、紙に包んだ小さな饅頭だった。

「な、なんで俺が、ここにいるってわかったんだよ?」

 草むらから出て行きながら、バツが悪い思いを噛みしめていたのに、紅騎は「別に」と言って、饅頭にかぶりついた。

「後ろから来てたの、知ってたから」

 知っていたのか。
 余計バツが悪い。

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