龍のシカバネ、それに月
1
無表情で、何を考えているのかわからないこいつのことが嫌いだった。
だけど本当はもっと、別のところで嫉妬していたことを自覚している。
南龍頭領の嫡男。
名門中の名門だ。
生まれた時から、家族も財産も名誉も、すべてがそろっていて、なおかつ本人の資質も備わっている紅騎のことを、本当は嫌いだった。
唇の合わせ目から水音がする。
部屋に来た時から、紅騎はいつもと違って目に熱を灯していた。
「なんか、あったのか?」
問いにも答えず、紅騎は俺のシャツの前を開いていく。
荒い息使いと、蕩けた舌。
次へ次へと焦って動く紅騎を見たのは、久しぶりな気がする。
幼い日から、紅騎は何かを諦めたような、達観したような目をしていた。
何故だ?
生まれながらにしてすべてを備えているというのに、なぜもっと高見を見ようとしないんだ?
反対に、俺には何もなかった。
引き立てて下さる雪乃さま以外は。
その雪乃さまですら、指の間をすり抜けるようにして、命を落としてしまわれた。
できあいの西龍頭領を操作している俺を見て、紅騎は表情のない顔を向けてきて、ばっさりと言った。
「それ、疲れないの?」
二の句が告げなかった。
俺の術を見破ったのは、後にも先にも紅騎だけだ。
紅騎は勘が良かった。
朋哉さまの体が特殊な『二つ月』であることも、早くから気が付いていたようだった。
おそらく、あの時にはもう知っていたに違いない。
幼い頃、朋哉さまと、なぜか紅騎が手を繋いで歩いている姿を見かけたことがあった。
朋哉さまといえば碧生さま、と言われるほど、朋哉さまの隣は絶対的に碧生さまが歩いていたのに、どうしてよりによって紅騎と二人で歩いているのか。
不思議な組み合わせを前に、後ろからこっそりと二人の後をつけて行った。
彼らは俺に気づいていないのだろう、一度も振り返ることもなく匣宮へと入って行った。
(さて、こっからどうすんだ?)
用事もないのに、匣宮に入ることは許されない。
俺は門の前の草むらに身を潜めて、紅騎が出てくるのを待った。
待ってどうするつもりだ?
問うのか?
なぜ朋哉さまと二人で歩いていたのか?
別に碧生さま以外の龍が、匣姫のそばにいてはいけないという規律はない。
紅騎が並んで歩いていたって咎めだてする理由はない。
ややあって匣宮から出てきた紅騎は、草むらに隠れて見えないはずの俺に、まっすぐ近づいてきた。
握った手をすっと俺に出して「一個やる」と言った。
「? な、何を」
「菓子。匣宮のばば様にもらった」
手の内にこぼれたのは、紙に包んだ小さな饅頭だった。
「な、なんで俺が、ここにいるってわかったんだよ?」
草むらから出て行きながら、バツが悪い思いを噛みしめていたのに、紅騎は「別に」と言って、饅頭にかぶりついた。
「後ろから来てたの、知ってたから」
知っていたのか。
余計バツが悪い。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!