龍のシカバネ、それに月
5
龍はまるでミニチュアにも見える屋敷から顔を覗かせ、門の屋根に爪をかけていた。
息を吐く音が耳に痛い。
目が、僕をじっと見ている。
(怖すぎるっ……)
頭から被った羽織を握りしめて、できるだけ刺激しないように後ずさった。
震えそうになる雪駄の足で飛び石を踏みしめる。
目を合わせたまま、一歩ずつ進んでいく。
僕を見てはいるけど、こっちが門に近づいても、動く気配がない。
襲ってくるつもりはないのか。
爪がかかった屋根の下、門扉に鍵がかかっている。
高さは僕の背丈ほどもない。
越えられそうだ。
手をかけ、足をかけて門扉の向こう側に着地できた。
(白い靄……?)
見上げると空を背景に龍の頭があった。
今、僕がいるのは靄でできた龍の体、つまりこの龍は実体じゃない。
(なんだ……)
見えているだけだ。
靄の中で動いてみても、何にも触れられない。
少しだけほっとして靄でできた龍の体から抜け、整備されていない土の道を雪駄で進んだ。
細かい砂利が雪駄の下で、しゃらしゃらと儚い音を立てる。
少し歩いてから、やっぱり気になって後ろを振り返った。
井葉の家屋と庭園を囲む、長く伸びた垣根。
茶色がかった門。極めて常識的な景色に、僕は目を見開いた。
「白い龍がいなくなった……」
さっきまで門の屋根に爪をかけて、僕を見つめていたのに。
「龍が視えていたのですか?」
「――っ!?……」
いつのまにか、そばに人が立っていた。
年の頃は、母さんと同じくらいの、男の人。
白っぽい生地の和服姿で、肌の色もまるで透けているみたいに……いや、
(透けてるんだ。さっきの白い龍みたいに……ここにいる気配もない)
彼はまさか、さっきの白い龍……?
「雪乃(ゆきの)と申します。初めまして、小さなハコヒメさま」
雪乃。
彼の名前を頭で繰り返していると、透けて見える白い手が、僕の頭から被った羽織をそっと外した。
「貴方は月哉(つきや)さまに、よく似ていらっしゃる……」
「父さんを知ってるんですか!?」
雪乃さんは柔らかく笑った。
「龍の一族で、月哉さまを知らない者はおりません。もっとも、貴方さまほどの若い龍は、実際には知らぬ者も多いでしょうが」
驚いて彼を見上げていると、その美しい眉が潜んで、僕の背後に視線をやった。
雪乃さんの目を追って振り返ると、緊張した顔をした蒼河さんが両手を構えて立っていた。
「優月。離れろ。走ってこっちに来い」
固い声色で言われて、雪乃さんを振り返る。
雪乃さんは薄く微笑を浮かべた。
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