龍のシカバネ、それに月
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電話終わったの? と紅騎が問うてくる。
俺は薄暗い廊下に立ったまま、「ああ」と返し、携帯を尻ポケットに突っ込んだ。
(南龍屋敷は……いつも得体が知れないな)
嫌な空気が漂う。
淀んだような、かすかに視界を覆うような。
普通には見えない、魔が潜んでいるような。
「朝緋、早く」
紅騎に呼ばれて、暗い階段を下りる。
先を歩く紅騎の持つ灯りだけが頼りの、狭い階段だ。
こんな場所、初めて来た。
先日、いつも通りアパートに戻ったら、手紙が届いていた。
紅騎からだった。
住所なんて、教えていなかったはずなのにどうやって居場所を知ったのか。
異能のものばかりが集まる南龍に、居場所を隠しても無駄だということか。
軽く舌うちして開いた手紙の中には、優月が東龍に配されたことが書いてあった。
少し、胸が痛んだ。
優月は幼いころから思い続けた、いわば俺の初恋の人だ。
その優月が久賀のものになるなんて、わかっていたことだ。
優月は昔から久賀のことを好いていた。
良かったじゃないか、と言うしかない。
初恋の人の幸福を素直に喜ぶ心の余白が、俺にはまだ少し足りないようだ。
わざわざそんなことを知らせてきたのかと、最後の行に目をやって、見張った。
『誰にも見られずに、早急に帰ってこい。父が亡くなった』とあった。
(父……朱李頭領が……)
彼を父として育ったと思ったことは一時もない。
母、茜の影にひっそりといるだけの、いつも窮屈そうな顔をした一人の初老の男だった。
死んだと聞かされても、何の感慨もない。
あくまで、俺の両親と思えるのは、佐藤月哉と桜子の二人だ。
(それより『誰にも見られずに帰って来い』とはどういうことだ?)
どの道、兄 紅騎が第一の後継だ。
紅騎が南龍を継いでいくのだろう。
まさかとは思うがそれにも儀でもあるんだろうか?
弟だから、それに参列しろとでも?
(……ぜってー断る。めんどくせぇ……)
帰るのすら面倒なのに。
だけど、一旦帰ってみれば少しだけ郷愁が湧いた。
郷愁というより、優月への思いを。
大好きだった、俺より小さな兄。
優月の声だけでも聞きたいと、思ってしまった。
南龍屋敷の階段を下りきると、古そうな木戸に、重厚な鍵が下がっていた。
それを紅騎は慣れた手つきではずして、がしゃんと足元に落とした。
小動物の鳴き声みたいな音を立てて、木戸が開く。
「ここは……」
「地下牢。もっとも、今は2人しかいないけど。まぁ、使ってない場所がほとんどだね」
地下牢。
この古い屋敷には、そんなものまであったのか。
反吐が出そうだ。
格子の戸には鍵はなく、紅騎の言う通り使われていない。
(いや、『今は2人しかいない』って言ったか?)
2人?
誰が?
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