[携帯モード] [URL送信]

龍のシカバネ、それに月
1

 電話終わったの? と紅騎が問うてくる。
 俺は薄暗い廊下に立ったまま、「ああ」と返し、携帯を尻ポケットに突っ込んだ。

(南龍屋敷は……いつも得体が知れないな)

 嫌な空気が漂う。
 淀んだような、かすかに視界を覆うような。
 普通には見えない、魔が潜んでいるような。

「朝緋、早く」

 紅騎に呼ばれて、暗い階段を下りる。
 先を歩く紅騎の持つ灯りだけが頼りの、狭い階段だ。

 こんな場所、初めて来た。


 先日、いつも通りアパートに戻ったら、手紙が届いていた。
 紅騎からだった。
 住所なんて、教えていなかったはずなのにどうやって居場所を知ったのか。
 異能のものばかりが集まる南龍に、居場所を隠しても無駄だということか。

 軽く舌うちして開いた手紙の中には、優月が東龍に配されたことが書いてあった。
 少し、胸が痛んだ。
 優月は幼いころから思い続けた、いわば俺の初恋の人だ。

 その優月が久賀のものになるなんて、わかっていたことだ。
 優月は昔から久賀のことを好いていた。

 良かったじゃないか、と言うしかない。
 初恋の人の幸福を素直に喜ぶ心の余白が、俺にはまだ少し足りないようだ。

 わざわざそんなことを知らせてきたのかと、最後の行に目をやって、見張った。
『誰にも見られずに、早急に帰ってこい。父が亡くなった』とあった。

(父……朱李頭領が……)

 彼を父として育ったと思ったことは一時もない。
 母、茜の影にひっそりといるだけの、いつも窮屈そうな顔をした一人の初老の男だった。
 死んだと聞かされても、何の感慨もない。
 あくまで、俺の両親と思えるのは、佐藤月哉と桜子の二人だ。

(それより『誰にも見られずに帰って来い』とはどういうことだ?)

 どの道、兄 紅騎が第一の後継だ。
 紅騎が南龍を継いでいくのだろう。
 まさかとは思うがそれにも儀でもあるんだろうか?
 弟だから、それに参列しろとでも?

(……ぜってー断る。めんどくせぇ……)

 帰るのすら面倒なのに。
 だけど、一旦帰ってみれば少しだけ郷愁が湧いた。
 郷愁というより、優月への思いを。

 大好きだった、俺より小さな兄。
 優月の声だけでも聞きたいと、思ってしまった。

 南龍屋敷の階段を下りきると、古そうな木戸に、重厚な鍵が下がっていた。
 それを紅騎は慣れた手つきではずして、がしゃんと足元に落とした。
 小動物の鳴き声みたいな音を立てて、木戸が開く。

「ここは……」

「地下牢。もっとも、今は2人しかいないけど。まぁ、使ってない場所がほとんどだね」

 地下牢。
 この古い屋敷には、そんなものまであったのか。
 反吐が出そうだ。

 格子の戸には鍵はなく、紅騎の言う通り使われていない。

(いや、『今は2人しかいない』って言ったか?)

 2人?
 誰が?

[次へ#]

1/4ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!