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龍のシカバネ、それに月
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「うん、うん、そっか。そうなんだ。頑張ってるんだね、朝陽」
 
 ずっと連絡のなかった朝陽からの電話に、僕は舞い上がっていた。

 木々の緑に蝉の声。
 汗が滴るのを、手の甲で拭う。

 電話すら調達できない経済状況の中、朝陽はやっと連絡できた、と笑った。
 弾んだ、元気な声。
 会えなかったあいだ、色々あったに違いないのに。

(会いたいな)

 でも、会いたいなんて言ったら、朝陽が困ってしまうかもしれないから。
「じゃあ、またな!」と言う朝陽に「うん」と返して電話を切った。

(良かった。元気そうで)

 まだ会うことはできなさそうだけど。
 いつかまた、絶対に会いたいと思う。
 どんなに離れていても、血の繋がりはなくても、朝陽は僕の大事な弟だ。

 木の影で携帯を握りしめていると、ふと足元がかげった。
 振り返ると、手に水の入った桶と、肩に子供が足をじたばたさせているのを抱えた青鷹さんが立っていた。
 その少しの間にも、子供の小さな足が、青鷹さんの胸元や顔を蹴っている。

「青陽(はるひ)! だめです、お父さんの顔、蹴っちゃ……」

「青鷹頭領。桶は俺が持ちますので……」

 後ろから遠慮がちに申し出てくれる静さんに、青鷹さんが子供を渡そうとすると、慌てたように桶だけ手にして後ずさった。
 青ざめた顔で首を横に振る。

「む、無理です。私には青陽さまのお世話はとても……っ……!」

「あっは、静でもだめかぁ」

 笑っているのは灰爾さんだ。

「離して! 離せ、父上!」

 根負けした青鷹さんが青陽を降ろすと、べーっと舌を出して見せる。

(まったく誰に似ちゃったんだろ、このやんちゃ坊主……)

 あれから5年。
 僕も20才を越えて、龍の子を生んだ。
 東の匣になった後、まったく子を孕む様子のない僕に、朋哉さんが「とっておきの術もあるんだよね〜……」と怪しい笑いを浮かべて近づいてくるのから、慌てて逃げ出していた。

 そのうち、自然に授かった。
 それが青陽──東龍の子だ。
 青陽は生まれながらの色名龍で、東龍のもとで育てられることが、その場で決まった。
 匣宮のおばあさんは、ちょっとがっかりした顔をしていたけど、珠生さんは喜んでくれた。

「ま、ちっちゃい子にとっては、家族と一緒ってのが一番なんじゃない?」

 おばあさんは「それはそうじゃが」と言ってから、難しい顔をする。

「しかし、夜一(よいち)も龍の力を持つ子じゃった。このままでは匣宮の存続が危ういではないか」

『夜一』というのは、北龍 影時の子、つまりいつだったか朋哉さんから預かった胎果だった、あの子のことだ。
 あれから影時は、召し使いだとばっさり言い切っていた女性と暮らし、夜一は彼女のお腹で育ち、生まれた。
 今は彼女を母親と呼んで暮らしている。

「まあまあ。優月匣姫はまだお若いんですから。匣宮は安泰ですよ」


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あきゅろす。
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