龍のシカバネ、それに月
6
「……無論。俺が育てる」
「胎果を埋める、女の腹が必要じゃが」
「……はい」
「最後に。育っていく子にもしも匣の素質が見受けられた場合。その子は匣宮がもらい受け、匣姫としてお育てすることになるが?」
「承知している」
「待って下さい! それじゃ、北龍の滅を防ぐことにならないじゃないですか!」
思わず立ち上がりかけて、大声を出してしまった僕に、3人が驚いたように視線を向けてきた。
さしでがましかっただろうか。
でも、そんな誓約が通って匣の能力が生まれたら、北龍の後継ぎはいなくなってしまう。
おばあさんが僕を見つめて「優月匣姫」とすわるよう促してきて。
僕はおずおずと腰を下ろした。
「仕方ないんじゃよ。匣姫の子で匣の能力を持つ子は、龍としては生きられない。力に合った生き方をすべきとは思わんか。龍らもそれを納得の上。匣姫に子をもうけるというのは、そういうことなんじゃ」
「――――……」
今になって、どうしてこの場に青鷹さんと僕が呼ばれたのか、その理由を解した気がしていた。
同じことが、いずれできるであろう青鷹さんとの子供にも言えることだからだ。
影時は座布団から一歩下がった影時は、その場に手をつき深々と頭を下げて言った。
「感謝致します。匣宮のご温情、忘れませぬ」
会談では得られなかった北龍の忠信を誓う言葉。
おばあさんは頷き、何度も影時の肩を撫でていた。
祈るしかない。
匣の力ではなく、龍の力を持った子に生まれるように。
酷い話だ、と思う。
ぼこぼことした岩の感触を靴の裏に感じながら、そんなことを思った。
それでも『力に合った生き方をすべきとは思わんか』というおばあさんの意見に頷ける。
今、僕が龍としての生き方を選ぶように言われても、それは不可能だと思うから。
「では、ここでわしは失礼しよう。今から西龍頭領の所へ龍の娘らの見合い写真を届けねばならんでの」
(灰爾さんがお見合い……)
冗談だか本当だかわからないようなことを言いながら、おばあさんは笑った。
「優月匣姫。匣宮再建が東龍を中心に進んでおるな。礼を言う、青鷹頭領」
「いえ。俺は碧生さまに従っているだけです」
会談の時、珠生さんがおばあさんに約束した、匣宮再建。
珠生さんは約束通り、ほぼ毎日現場に立って、龍たちと過ごしている。
微笑ましくその会話を聞いていると、おばあさんと目が合った。
笑い皺の浮かぶ目で、じっと僕を見つめて。
「舞台が完成したら、早速、儀を執り行わねばのう」
「え!? 狐の書簡には『儀は見送り』って……」
「だから狐の書簡なぞ、わしは知らん」
そうだった。
都合の良いところだけ、僕の中に真実として残ってしまっていたらしい。
狐の書簡自体、灰爾さんが作った幻だったのに。
それにしても、と朋哉さんの舞姿を思い出す。
四龍に囲まれ、すべての龍が見ている中、あんな重そうな衣装をまとって、舞う……。
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