龍のシカバネ、それに月
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絶句したような顔をしていた影時も、じっとハンカチの上を凝視したあと、手元のお茶を一息に飲み干した。
「それで、これをここに持って来たというのは、まさか……これが、北の子だと言いたいわけか……?」
「『北の子』も何も。影時、そなたの子じゃ。さっきもそう言ったであろう」
あっさり言ってのけるおばあさんの話に「はぁ!?」と関係のない青鷹さんと僕まで声を上げてしまった。
「唐突にやって来たかと思ったら、何を言う。俺の子だって? いったい俺と誰の子だって言うん……」
台詞の途中で影時は湯飲みを卓に置きながら、はっとしたように僕を見た。
(!? なんで、僕を見てくるの!?)
影時が僕を見ていたのは、ほんの2・3秒だっただろう。
ふっと息を吐いて影時はまた、ハンカチの上に視線を落とした。
「まさか……俺に、匣姫との子が残ってたとは……」
「匣姫との子って……つまり、朋哉さんとの……ってことですか?」
12年前。
影時に連れ去られて以来、操られ、月哉として生きてきた朋哉さん。
当然のように、月哉として愛され、できた子……。
(龍の子を、こんな形で残せるのか……。朋哉さんは影時のもとに、無理矢理置かれていた。この行為だって、合意の上じゃなかったはずだ。それなのに、影時に胎果を……子供を残すなんて)
「わからぬ」とおばあさんは、僕の考えを千切るように言った。
「わからぬ。朋哉匣姫の子か、月哉匣姫の子か。月哉匣姫は朋哉匣姫の体を長く乗っ取っていた。魂は月哉匣姫であった時期が長い。卵(らん)が朋哉匣姫のものだと言ってしまえばそうなるであろうが。
どちらにせよ、二人の匣姫が守ろうとしたことは間違いあるまい。影時、そなたの子を、二人の匣姫が守って来たのじゃ」
ふと視線を上げて、言葉を失った。
影時は口元を覆って、涙を浮かべていた。
(影時が……涙するなんて)
匣宮も匣姫も、そのシステムもすべてを憎みつづけてきた影時が。
「俺が、匣宮に弓をひいていた間に、匣宮は北龍の子を身ごもり、この時になるまで守ってきたというのか……」
「四龍を守るのが匣宮と匣姫の役割だからの。朋哉匣姫はああいう性格でおられるゆえ、この場には来られんかったんじゃろうが。あのお方はようやられた。責務をまっとうされた。北龍の滅を食い止めようと動いておいでじゃったのじゃ」
もしかして、と僕の中にふと浮かんだことがある。
『四龍を守る』。
これを僕に教えるために、朋哉さんは僕の手に胎果を委ねたのか?
確かにこれで、北龍の滅は免れたと言える。
朋哉さんは自分自身があれほど翻弄されていたというのに、ここまで四龍のことを考えていたのか。
(すごい)
今後もし有事に対して、僕はここまでできるだろうか。
膝の上の手を、ぎゅっと握りしめていると、青鷹さんが手を重ねてきてくれた。
「大丈夫」と言われているようで、少し安心できた気がした。
「これを、育てるつもりはあるか?」
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