龍のシカバネ、それに月
4
そんなことを思っていると、さっきの女性がお茶を出してくれた。
小柄な、可愛い感じの人だ。
年の頃は浩子さまと同じくらいだろうか。
「ごゆっくり」と言って出ていった彼女と入れ代わりに、服を着替えた影時が入ってきて、青鷹さんと僕の向かい側の座布団に腰を下ろした。
「それで? 今日は何用で? やはり匣姫は北に、という話なら遠慮はしないが」
軽口を叩く影時の横で、おばあさんは無言でお茶を飲んでいる。
てっきり、おばあさんが全部話してくれると思っていたんだけど。
僕はポケットから、ハンカチに包んだビー玉をハンカチごと卓の上に乗せた。
白いハンカチの上、ビー玉は転がることもなく、中でぷくぷくと気泡を上げている。
中心にあるピンク色の何かが、ゆっくりと回転しているのが見えた。
いつもの状態だ。
「……これは?」
青鷹さんが驚いたような顔でビー玉を見ている。
影時も同じように。
まるで初めて見たと言いたげな顔だ。
影時に、と朋哉さんが言っていたから、てっきり僕がわからなくても影時に見せればわかってもらえるものだとはかり思っていた。
(影時にもわからないのか)
これが何だと聞かれると、僕もわからないんだけど。
おばあさんがまだお茶を飲んでいるから、僕がわかることだけ、口にすることにした。
「朋哉さんから預かりました。誰にも知られずに影時に渡して欲しいって」
「『誰にも知られずに』って」
影時が、ちら、とおばあさんと青鷹さんに目をやる。
すでに二人に知られているではないかと言いたげな影時に、心の中で「確かに」と思う。
おばあさんは朋哉さんが案内役として指名したのと、青鷹さんはそのおばあさんが同席者として許可したんであって、そこに僕の意思はまったく反映されてないんだけど。
そういう話は、多分影時にとって、どうでも良くて。
僕は助けを求めて、おばあさんをじっと見つめた。
「あと、お願いします……すみません」
おばあさんの小さな手が、ことりと音を立てて湯飲みを置いた。
「それはタイカじゃ。影時、そなたのな」
「タイカ……?」
影時が繰り返す。
(タイカって何だろう……?)
僕も内心、同じように繰り返した。
おばあさんが懐から取り出した懐紙に、影時が出してきたペンで『胎果』と書いて見せてくれた。
「胎果……」
漢字になったことで意味がわかるかもしれないと思ったものの、やっぱりわからないままだ。
そう思っている僕の向かい側で影時が「まさか」と凍りついたような声を上げた。
おばあさんがじっと影時を見つめたあと、視線を伏せた。
「もしかして、卵ということですか? それも受精卵……これは、龍の子……」
青鷹さんが横で言うのに「えっ!?」と声を上げてしまった。
改めて卓の上、ハンカチに転がる胎果を見つめた。
中心にいるピンク色のもの。
ぼこぼことした、とらえどころのない形。
それを包む液体。
ぷくぷくと上がる水泡は、どこへともなく消えていく。
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