龍のシカバネ、それに月
3
そういえば匣宮での時もおばあさんはそんなことを言っていた。
不安なら、青鷹さんに同席してもらっても良いと。
「不安……は少しありますけど、大丈夫です。一人でちゃんと行けます」
「……と、言われるとしっかりしたなと嬉しい反面、寂しい気もする」
いつの間にか廊下に立っていた青鷹さんが少しむくれたような顔をして言うのを、おばあさんは呆れたようなため息をついた。
「仲の良いことは良いことじゃかな。あまり甘やかすでないぞ」
おばあさんの言葉に青鷹さんが「大丈夫ですよ」と返すのを、ちらと振り返ってくる。
「青鷹頭領ではない。優月匣姫に申しておるのじゃ。龍を甘やかすとろくなことはないからのう」
「は!? 甘やかされているのが俺の方だと? それは違いますよ、だいたい俺たちはですね……」
すたすたと廊下を歩いていくおばあさんの後を追いかけていく青鷹さんの背中を眺めながら、くすっと笑いが洩れる。
「『龍を甘やかすとろくなことはない』……か」
昔、おばあさんは龍を甘やかしたことがあるのかな。
僕の場合は、絶対的に僕のほうが甘やかされているんだと思うけど。
(おばあさんの若い頃の話も聞いてみたいな)
そんなことを思いながら、慌てて二人のあとを追った。
北龍屋敷、いや規模で言えば屋敷という屋敷という雰囲気ではない。
南龍屋敷や井葉屋敷に比べれば、小ぢんまりとした家屋で、その家は黒い岩に囲まれていた。
ここへ来るまでの道はほぼ山道で、獣道と呼んで良い道もあった。
おばあさんと青鷹さんの二人は平然とそれを登っていくのを、僕だけが必死で追いかける形で。
途中から青鷹さんに手を引いてもらって、ようやくたどりついた。
人のいない、静かな山奥だ。
黒い岩肌を、澄んだ水が絶えず流れ、どこへともなく流れ落ちていく。
その音と風を揺らす木々の鳴る音。
それだけが北龍屋敷を囲むすべてだった。
静かな場所だ……。
「客ぞ。影時、おらぬのか」
戸を開け放した玄関の衝立に向かって、華月子おばあさんが言うと、反対側の簡素な木戸を開けて、作務衣姿の北龍 影時が現れた。
後ろに、小柄な女性がたすきで袖口をまとめた和服姿で従いてきていた。
彼女は僕らの姿を見て、ちょこんと頭を下げると、パタパタと家の中へ入って行った。
「これはこれは……匣宮のばあさまに東龍頭領、それに優月匣姫まで。いったい、おそろ
いで何の用だ?」
首から下げたタオルで汗を拭いながら言う影時ではなく、さっき女性が入って行った玄関のほうをじっと見ていたおばあさんが「何じゃ、あれはおまえの女か」と唐突に問うた。
(『女か』って、言い方っ……! それに今聞かなくて良い話だと思うけど!)
ただの召し使いだ、と影時が答えると「そうか」とつまらなそうに目をしばたかせた。
影時が通してくれた六畳ほどの部屋からは、小さな庭が見える。
庭というより、畑に使われているスペースのほうが広い。
さっきまで二人はその作業に携わっていたのだろう。
(邪魔しちゃったかな)
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