龍のシカバネ、それに月
4
気落ちから重くなった体を立ち上がらせて振り返らずに部屋を出た。
庭園を横に、ぴかぴかに磨かれた廊下が長く伸びている。
緑の芝生が広がった中に飛び石。
辿った先に垣根が伸びて、茶色がかった小さめの門が見える。
「あの、ハコミヤの家はこの近くにあるんですか?」
先を歩いていた女性が振り返って、白い足袋を穿いた足元を止めた。
(さっきの話を聞いてたなら、教えてくれないかもしれないな)
彼女はこの無表情のまま、するすると小さな衣擦れ音を立てて僕に近づくと、辺りをはばかるように視線を散らした後、茶色の門を指さした。
「一本道なんですよ。多少距離はありますが、ハコミヤ様のお屋敷は大きいのでわかりやすいかと」
耳元で、僕にだけ聞こえる大きさで教えてくれる。
「……僕がいなくなったら、貴女は罰せられますか?」
彼女は大きな目をくる、と動かして、袖口で隠した口許を緩めた。
「碧生さまが慌てるさまは、さぞ見物でしょうね。それでもわたくしが貴方なら」
大きな目が、顔は庭園を向いたまま僕を見る。
「わたくしが貴方なら、理由も事情もわからぬまま、他人に自分の人生を任せたりはしないでしょうね」
優月さまのお気持ちはわかります、と続く。
足元の雪駄に足を差し入れて、彼女を振り返った。
彼女は袖口で口許を隠したまま「庭をご覧になって。見惚れているように、目を細めて」と言う。
彼女の言うとおり、顔の向きを戻すと「ささやかですが、目眩ましに」と、肩に彼女が着ていた羽織をかけられた。
「わたくしの拙い目で見ましても、西や南の龍が数人……完全に優月さまのお味方とは言いがたくはございますが、蒼河さんが門の近くにおいでです」
緊張で、喉が鳴った。
「優月さまが西や南の龍に捕らえられれば、奪われたものを取り戻すため、多くの龍を遣わすことになります。ここで貴方を自由にさせたわたくしは、東龍に糾弾されるでしょう」
「そんな、僕が悪いのに」
そうですよ、と彼女は笑う。
愉しそうに。
「貴方のせいです。だから絶対に西や南の手に堕ちず、ハコミヤに行き着いて下さいませ」
「貴女は、いったい……」
問おうとするも、彼女は踵を返していた。
僕の声に足を止め、「ああ」と独り言のように呟いた。
「色のついた名前を持つ龍には、十分にお気をつけて」
色のついた名前?
問い返す間も持たせず、彼女はするすると廊下を過ぎて行った。
(行こう)
贅沢を言えば、足元の雪駄が心許ないけど、玄関に回ったらバレてしまうだろうし。
頭から被った羽織を握って、庭園の飛び石に足をかけた。
そのまま庭園を横切って、茶色がかった門に――
(龍っ……!? 白い……)
青鷹さんや蒼河さんみたいな、人の形をしているんじゃなくて、本物の龍。
と言っても、今までの人生で見たことあるわけない。
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