龍のシカバネ、それに月
5
言葉の終わりに、こめかみに軽いキスをくれた。
行為しか見えていない青鷹さんはまた、「灰爾!」と怒っていたんだけど。
僕は、半分泣き出しそうになっていた。
あまりにも、灰爾さんの言葉が優しくて。
ゆっくりと灰爾さんの腕がはずれて、離れた。
青鷹さんと、僕を振り返って手を振った。
「じゃーね、またね、二人とも。お先に」
踵を返し、匣宮の門を出ていく。
―― 匣姫は本来、愛されて、幸せになって、力を増幅させるものだから。
―― 優月ちゃんが、その最初になって。
きゅっと、手を握りしめた。
(ありがとう。灰爾さん)
「優月さまっ! お帰りなさい!」
どうやって知ったのか、僕が東の匣姫になったことを知ったらしい東龍の皆がわっと出
迎えてくれた。
中でも飛び出して来てくれた静さんに勢い良く抱きつかれて、一瞬体が軋んで声を上げそうになってしまった。
でも抱きついたまま肩口で、「良かった……」と涙声で言ってくれる静さんの声を聞いていると、本当に……ありがたいと思う。
いつもそばで僕を支えてくれていた静さんの肩に、僕もそっと手を回した。
「宴です。今夜はお祝いをしましょう!」
誰かが言った提案に、他の龍たちもそうだそうだと同意して、早くも作業に動き出す者もいて。
そんな光景を嬉しく思って眺めていたはずだったんだけど。
「! 優月?」
青鷹さんの声。
あれ? 声だけ?
まぶたが、重くて。
そうだ、僕は昨日、灰爾さんのマンションから出て昼まで社にいて。
少しばかりの仮眠はあったけど、ろくに寝ていなかったんだった。
夢の中半分の意識で、ずる、と崩れてしまう体を、青鷹さんが抱き上げてくれたのは覚
えている。
ゆっくりと廊下を歩いていく、その足どり。
リズム。
まったく優月は仕方がないな。
そんなことを言われて、夢の中で小さく笑った。
思い出す。
小さい時、アパートにいた時に、そんなことがあったっけ。
青鷹さんに布団まで運んでもらって、大きな手に雑な動きで頭を撫でてもらいながら、眠った。
僕がきちんと眠ったのを見計らって、添い寝から起き上がろうとする青鷹さんのシャツ
の裾をしっかり握りしめて。
だめだよ。
僕のそばから離れるのはだめ。
逃がさないよ。
「まったく優月は。仕方がないな」
同じ台詞をこぼして苦笑する青鷹さんを、夢見心地で知っている。
行かせてあげないよ。
逃がしてあげないよ。
だってもう、決まったんだよね?
僕は正式に、東龍の匣になった。
最初に、青鷹さんが言った通りに。
貴方の匣になった。
だから僕が青鷹さんを離さないでいても、良いんだよね?
ずっと、そばにいても良いんだよね……?
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