龍のシカバネ、それに月 4 華月子おばあさんはそれを見越して「欲しい」と口にするぐらいの権利はあるのだと、紅騎さんに言ってあげたくて。 紅騎さんも多分、それをわかっていて。 (って言うか、それならそれで僕を巻き込まないで、フツーに会話して欲しいと思う……) 別の方向で濡れた土を踏み潰す水音が聞こえた。 影時の靴音だった。 「配置発表会も無事済んだことだし。帰らせてもらうぞ?」 踵を返そうとする影時を見て、思い出したことがあった。 ビー玉。 朋哉さんから預かった、変な形をしたビー玉。 あれを影時に届けないと。 肌身離さず持っていて、今もパジャマのポケットにある。 でも。 (『誰にも知られないように』って……) 無理だ。 全員が出揃っているところでは出せない。 最初に匣宮を出て行ってしまった紅騎さんの後に続いて影時が出て行こうとする。 その背中に声をかけようかどうか迷っていると、おばあさんの小さな手が僕の手に触れた。 驚いてうつ向くと、おばあさんはじっと影時の背中を見つめていた。 「預かりものをしておいでなのじゃろう? 優月匣姫」 小さな、でもしっかりした声が問うてきた。 隣に立つ青鷹さんも気づかないような声で。 こくりと頷くと「そうじゃのう」とおばあさんは僕を見上げてきた。 「優月匣姫の体調が持ち直された時にでも、また共に訪ねるとしよう。優月匣姫が不安なら、東龍頭領に同席してもらっても構わぬ」 何せ匣姫そなた寝間着じゃしな、と眉間を潜めた。 そうだった。 改めて自分の姿を見直して、おばあさんの言葉に納得する。 パジャマに、灰爾さんが持ってきてくれたコート、裸足にスリッパというのが、今の僕だ。 多分あのビー玉は北龍にとっては大切なもの。 何かのついでに言って良いようなこととは違う、何か重要な……。 「はい。じゃあ、おばあさんが来て下さるのを待ってます」 「そのようにしよう」 そう言ってにんまり笑うと、おばあさんはもう振り返らずに、すたすたと匣宮の門を出ていってしまった。 小気味良い足の運びを見送りながら、ふと思う。 (おばあさんて、どこに『帰ってる』んだろう……) 唐突に背後から腕を回された。 青鷹さんかと思ったら、灰爾さんで。 驚いていると、後ろから青鷹さんが「灰爾」と咎める口調で言うのが聞こえた。 それを受けた灰爾さんが苦笑いを浮かべて「最後ぐらい、ちゃんとお別れを言わせてよ 」と、後ろの青鷹さんに言った。 『最後』という言葉が、なんだか切なくて。 耳元に近づく灰爾さんの呼吸の音。 小さな声。 「本当に優月ちゃんを好きだったよ。ごめんね、騙して連れて行って。青鷹と、幸せになってね。 ……匣姫は本来、愛されて、幸せになって、力を増幅させるものだから。優月ちゃんが、その最初になって」 [*前へ][次へ#] [戻る] |