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龍のシカバネ、それに月
3

「あーあー、そんな露骨に嬉しそうな顔されるとなぁ。傷つくわ、ホント」

 笑って言う灰爾さんが僕の手を取ろうとするのを、青鷹さんがぱしんと音を立てて払った。
 灰爾さんは一瞬、小さく舌を出してから、僕をじっと見つめてきた。

「ごめんね、優月ちゃん。騙して、つらい目に遭わせて。でも、好きなのは本当だったよ?」

「灰爾さん……ごめんなさい。優しくしてくれたのに……ごめんなさい……」

「と言うか。今後、俺の目の前で優月を口説くのは止めてもらおうか」

 イライラした口調で止めてくれる青鷹さんに、心から嬉しいと思う。
 僕は、この人のもので良いんだって。

「ってことは、青鷹の目の前じゃなきゃ良いってことだ」

 灰爾さんが茶化すのを、青鷹さんがまた噛みついているのを聞き流しながら、ふと、おばあさんがじっと紅騎さんを見ているのに気づいた。
 灰爾さんと青鷹さんのやり取りを見て笑う紅騎さんは、いつもよりどこか楽そうな、荷を下ろしたような、そんな顔をしているように思えて。

 おばあさんと僕の、二人から視線を向けられていることに気づいたらしい紅騎さんはいつもの顔に戻って、「何」とぶっきらぼうに問うた。
 その声に、騒いでいた二人も、影時も視線を向けてくる。
 おばあさんはやっぱり紅騎さんを見つめたまま、静かに言った。

「南龍は、いや紅騎後継は一度として匣姫を所望して来なんだな。むしろ、東に、南以外の場所に決まったことに清々しているような。優月匣姫に惹かれておらぬわけではあるまいに」

「は? 違う。別に優月のこと、好きじゃないし」

(…………)

 紅騎さんに好かれていないのは、重々承知している。
 誰もが万人に好かれるわけじゃないし、自分だって例外じゃないことも。
 だけど、それを今きっぱり言わなくたって良いのにっ。
 ちょっと落ち込みそうになっていた僕をちらりと見てから、「嘘じゃな」とおばあさんは返した。

「何が嘘っ……」

 珍しく気色ばむ紅騎さんに、おばあさんは淡々と続けた。

「匣姫に惹かれぬ龍など、この世におらぬ。まして色名を持つ者はなおさら。保村紅騎、そなたが匣姫を所望せぬのは……贖罪、か」

(『贖罪』?)

 何のことかと思っていると、少しうつむきかげんに視線を落とした紅騎さんを、影時が見つめているのがわかった。
 南龍の罪ほろぼし。
 葉月匣姫――影時の母親をさらい、踏みにじった南龍の罪。

(だけど、紅騎さんが直接関わったわけじゃないのに。確か事件が起こったのは、紅騎さんのお祖父さんの代だった。その贖罪を今、紅騎さんが負う? そんなのって)

「違う。そんなんじゃない」

 ぶすっと口元を引き結んで、紅騎さんはじろりと僕をねめつけ、指をさした。

「単純に、こいつのことが嫌いなだけだ」

「っ!!」

 良いですけど、別にっ!
 僕だって紅騎さんのこと大好きなわけじゃないし!……じゃなくて。

(紅騎さんがこんなふうにむきになって言うのは、多分、おばあさんの言ったとおりだからなんだろうな)


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あきゅろす。
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