龍のシカバネ、それに月
2
「まぁ……言い分はわかるがな。それを言っちゃあ、北のほうが危機に瀕していると思うけど。俺も狐の一匹でも使うんだったかな」
影時が笑いもせずに続ける。
「西龍頭領は若い。これから嫁さんもらって、幾らでも殖えれば良いんじゃないか?」
ぼそっと言う影時の話に、灰爾さんは珍しく口元を歪めた。
「人を種馬みたいに言わないで下さいよ」
笑いながら返す灰爾さんだけど、目が怒っているのがわかる。
影時はそんな灰爾さんを見ても、真顔だった。
「いやいや誉め言葉さ。北はもう殖える元気もないんでね。これでもまだ四龍の存続をってんなら、北にこそ力の源……匣姫をいただきたいものだ」
「北が絶滅するのは、自業自得だろう」
こちらもぼそっと言う紅騎さんに、影時がじろりとねめつけた。
呆れたような顔をしているおばあさんが「それぞれ口を慎め」と言うまで、静けさは帰ってこなかった。
匣宮の言うことは絶対。
それぞれが口を閉じて、視線をおばあさんに縫いとめた。
静かになった匣宮の屋根の上で、雀が数羽、鳴いているのが聞こえる。
それだけを見れば、平和そのものだ。
「良いか、皆の衆。わしは託占の結果を書簡にしたことはない。四足に託したことは、一度たりともない。いつも口移しで本人らに伝えておる。このたびも、心して聞くが良い」
静かな匣宮の下、華月子おばあさんはきっぱりと言い切った。
(それじゃあ、紅騎さんの言うとおり、狐が持ってきたっていう書簡は灰爾さんの嘘……)
誰も、託占を経験したことがないのだ。
僕に知らせてくれた静さんも、その場にいた浩子さまも。
青鷹さんですら。
わからないがゆえに、東龍はそのまま、届いた書簡を信じてしまった。
ちら、と灰爾さんを盗み見るつもりが、視線が合ってしまった。
青鷹さんを怒らせたにも関わらず、平然とにっこり笑って見せる。
慌てて僕のほうが視線を逸らした。
様子を見ていたのか、青鷹さんが唐突に僕の頭をぐしゃぐしゃと撫でてくれるのが、「大丈夫」と言われているみたいで。
(ちょっとホッとする)
おばあさんが僕を見て「よろしいか」と問うから、一瞬息を飲んで。
ゆっくり頷いた。
今からが、本当の『託占』……。
「優月匣姫は東龍頭領 久賀青鷹のもとに配置することとする。優月匣姫はその生涯をもって東龍に仕え、東龍は匣姫を守り、生涯をもって一族をもり立て、四龍を守ること」
青空の下、朗々と伝えられる託占──応龍の意志。
その声色は、おばあさんのものだとはとても思えないぐらい、荘厳だった。
「――っ……」
一瞬、膝が崩れそうになるのを青鷹さんが支えてくれた。
(『東龍頭領 久賀青鷹のもとに配置することとする 』って言ったよね? 今……)
僕は、青鷹さんのそばにいて良いんだ。
一生、ずっとそばに。
どうしよう。
足に力が戻らない。
嬉しくて、たまらなくて。
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