龍のシカバネ、それに月
1
「全員そろったようじゃな。それでは応龍より賜った託占を伝える」
静かに、厳かに言ってのけた華月子おばあさんの言葉に、耳を疑った。
『託占を伝える』?
だって、託占はもう。
少し前に決まって、僕は西龍匣姫として、灰爾さんのもとに……。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。狐の書簡はどうなる? 託占が記されたあれは」
青鷹さんの慌てたような声に、おばあさんは「は?」と言葉を返した。
北龍 影時も「狐の書簡?」と何の話かわからないような顔をしている。
皆がしんと静まり返ったその時、紅騎さんが一人で大笑いしだした。
腹を抱える笑い方に、その場にいた全員の目が紅騎さんに集まった。
よりによって、笑ってるのがいつも鉄面皮な紅騎さんで。
目に涙を浮かべて「だから言ったんだよ」とたどたどしく言った。
「こんなの、青鷹にしか通用しないって」
「『俺にしか』?」
不愉快そうに眉間を潜める青鷹さんがじろりと灰爾さんと紅騎さんの二人を睨みつけた。
「灰爾! まさかあの狐が持ってきた託占の書簡は……!」
襟元を青鷹さんに捕まれても、灰爾さんは小さく笑っている。
掴まれたまま、笑ったまま、灰爾さんは青鷹さんと視線を合わせた。
「青鷹。俺は20年、西龍頭領を“創っていた”男だよ? 狐も書簡も創るのなんて、造作ないことだよ。見破られたら……まぁ、他の手を考えたかな」
「なぜそんなことを! 西には匣宮と応龍の決定に従う気がないのか!?」
「いや? 全然あるよ」
と、どっちだかよくわからないような言い方をして、灰爾さんは自分の襟を掴む青鷹さんの手をそっと放した。
そして、僕を見た。
目が合うと、まだ罪の意識を感じてしまう。
狐の書簡が嘘で、僕が西龍匣姫ではなかったのだという真実がわかっても。
(灰爾さんがずっと僕に優しくしてくれていたのは、本当だったから)
だから、やっぱり、応えられなかったことを申し訳なく思ってしまうのだ。
「青鷹が騙されたのは『もしかしたら、優月が自分以外の場所に配置されるかもしれない』という不安を持っていたからだ。本当にそうなってしまった時、『やっぱり』と安易に納得してしまう」
紅騎さんが淡々と言うのに、青鷹さんは目を向けた。
「何……」
「他の三龍は『もしかしたら、自分に配置されるかもしれない』とは思っていても、逆は思ったりしないだろうからね」
隙があったんだよ、そうばっさり言ってしまう紅騎さんにはじろりと睨んだだけで、手は出さなかった。
「西龍は四龍の1つとして滅びてはいけなかった。だから、どうしても匣姫が欲しかった。だからだよ」
灰爾さんの淡々と言い様に、場がしんと静まる。
四龍がつつがなく存続すること。
それが世界の均衡であり、匣宮の命令でもある。
考えようによっては、匣宮の意志に従ったまでだと言うことはできるだろう。
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