龍のシカバネ、それに月
10
呆れられたに決まってる。
それでも僕は、やめられなかった。
「どいてあげる。でも、絶対に帰ってくるって約束して」
静かにそう言った灰爾さんを前に、僕はひた、とこぶしを止めた。
僕なんかの力でも、何度も何度も叩いた灰爾さんの肩は赤く、うっすら腫れていた。
灰爾さんが口にした約束事に、僕は頷いたかどうかはわからない。
それでも、灰爾さんはドアの前からゆっくりと離れてくれた。
鍵が見えて、ドアノブが見えて。
僕はそれにすがりつくようにして、玄関ドアを開いた。
びかりと空が光った。
稲妻だ。
玄関を出て、コンクリートの廊下を走った。
時折、すべって転んでしまったけど、そんなことどうでも良かった。
何度も起き上がって、エントランスを出て。
ぬかるんだ土の上にスリッパの足を沈ませて、気づいた。
そこに、傘を持っているのにささずに、びしょ濡れのまま立っている青鷹さんがいたことに。
(いつから、ここに……?)
ひょっとして帰らなかったのだろうか?
そんな疑問が現れては泡沫のように消えていった。
考えるということができなくなっていた。
また、空が雷鳴に裂かれて光った。
白く反転した景色を背に、青鷹さんは無言のまま、僕に手を差し出した。
僕には、その慣れ親しんだ大きな、今は雨に濡れて稲妻に光る手を掴むことに、一瞬のためらいもなかった。
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