龍のシカバネ、それに月
9
頭に浮かんだ名前を振り払うようにして、灰爾さんの肩に回した腕にぎゅっと力を込めた。
そのまま、頭の整理をつけようと、じっとしていると、勝手に肩がびくんと揺れた。
「大丈夫。何も考えなくて良いようにしてあげるから」
耳元に囁かれる声に、ぶるっと震えが走る。
パジャマの下衣に灰爾さんの指が滑り込んできて。
匣姫の体になったために、その前より小振りになってしまった男の徴に触れてきた。
匣姫の体になっても、そこを触れられれば今までと同じに感じるし、小さくとも反応はある。
「すごいね。前も滲んでくるし、匣姫の体になったから、後ろからも溢れてくるんだ。どっちもすごく……熱くて……」
「あ……や、……」
前を撫でられ、繊細な指使いで擦られると反応してしまう。
その指は濡らされてしまった小さな肉の袋を過ぎ、新しく作られた性器へと進んだ。
小さな口の、奥深い裂目。
それが、龍の子を孕むことのできる『匣姫の体』。
「すごい……熱くて蕩けて……これが匣姫の……」
「嫌だ!!」
気づいたら、灰爾さんを突き飛ばしていた。
弾んだ息と、上下する裸の胸元。
「……あ…」
驚いた顔で僕を見ている灰爾さんの顔。
当たり前だ。
ここまで体に触れさせておいて、何を今更「嫌」だなんて。
「優月ちゃ……」
「ごめ、ごめんなさい。ごめんなさい、灰爾さんっ……」
勝手に出てくる涙をどうしようもなくて、流れるままに放っておく。
パジャマの上衣をはおって、慌てて止めていくボタンは所々互い違いになっていたけど、そんなことどうでも良かった。
「優月ちゃん。大丈夫だ、落ちついて。最初なんだから、上手くいかなくたって、大丈夫だよ」
震えが止まらない僕の肩に触れる灰爾さんの手は優しくて、こんなに暖かいのに。
(僕は、灰爾さんを受け入れられなかった)
慌ててそこから離れて、寝室を飛び出した。
「優月ちゃん!」
玄関でスリッパに足を差し入れたところで、半裸にガウンをはおった灰爾さんが、ドアの前に立ちはだかった。
まだ流れてくる涙を顎から滴らせて、僕は、灰爾さんのガウンを握って引っ張った。
「どいてっ……どいて下さいっ……!」
力に敵うわけなんかない。
僕がどれだけ引っ張っても、敵うわけもないのに。
必死になっていた。
灰爾さんをどかそうと必死になって、引っ張った。
胸元がずれて、着崩れたガウン姿で、灰爾さんは何度も「落ちついて」と言った。
そんな言葉も頭に入らないくらい、僕は必死で。
「お願い、出して。行かせて……!」
『行かせて』?
……“どこ”へ?
引っ張るのを諦めると、今度は灰爾さんの肩をこぶしで叩いた。
叩きながら「どいて」と何度も懇願した。
泣きながらそんなことを言い続け、取り乱す僕を、灰爾さんは何と思っただろう。
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