龍のシカバネ、それに月
5
四畳ほどの社の板の間に腰を下ろして、朋哉さんはそんなことを話した。
「ばばあなりに必死だったんだろうな。ま、ここのおかげで俺は匣姫指南をサボって寝たりしてたんだけどな」
ぷっと笑いが洩れた。
華月子おばあさんの切ない思いを知りながら、サボりに社を使う朋哉さんが朋哉さんらしくて。
噛みちぎった半分の饅頭を僕にくれて、朋哉さんは社を出た。
僕は、何もない社の板の間をぐるりと見回して、表の格子戸の向こう側を、鼻唄を歌いながら歩いていく朋哉さんを見送った。
(え、なんでここを僕に)
足元に気を付けながら、ゆっくりと裏口から出ると、額にぽつんとしずくが落ちた。
雨だ。
見る見るうちに酷くなっていく降りになすすべもなく、僕はもう一度、さっき出たばかりの社に戻ろうとした。
どれぐらいの間降るのかはわからないけど、じっとしていればその内やむだろう。
片足を板の間に上げかけた時、「優月」と声が呼び止めてくれた。
懐かしい声。
雨混じりの声が誰のものか、振り返らなくても一瞬でわかってしまう。
「青鷹さん……。どうしてここにいるんですか?」
いつもは来ている珠生さんは来てなくて、和服姿の朋哉さんが資材の上にすわっていた。
それだけでも小さな非日常なのに、今度は朋哉さんの秘密の場所に、傘をさした青鷹さんが立っている。
僕の願望が見せる、ただの夢かもしれない。
そんなことを思っていたら、青鷹さんが手を差し出してきた。
その大きな手を取って、冷えた手を重ねた。
「居場所は朋哉さんに聞いた。雨が降りかけたから優月を迎えに行ってくれって」
僕を社の段から下ろして傘に入れてから、しげしげと社の屋根や中の壁を見つめている。
「こんな場所があったとはな。呪詛の折りも、よく残ったものだ」
そう言ってから、社が北龍のためのものだと気づいたようで、焼け残った理由に合点がいった、と頷いた。
「送っていこう。マンションまで」
「……はい。ありがとうございます」
久しぶりの青鷹さんの隣。
立つだけでも、胸がどきどきする。
ぬかるんだ土の上をゆっくりと歩きだす。
出遅れてしまったらしい作業中の龍たちが、頭に手拭いを被った姿で走っていくのが見えた。
二人の頭の上で、傘に当たる雨粒が、ぽつぼつと儚い音を立てている。
「もう少しこっちに」と小さく言いながら、肩を引き寄せてくれる。
余計にどきどきするのを気取られないように。
そっとうつむきながら「ありがとうございます」とだけ返した。
「灰爾は――」
「えっ」
門を出る時に、ふっと丸太を振り返ってしまった。
朋哉さんが持ち込んでいた、大量のお菓子はどうなったのかと思って。
それらは朋哉さんが去って行った時に持ち去られたのか、それとも他の龍が持ち帰ったのか、きれいさっぱりなくなっていた。
それに気を取られたせいか、青鷹さんの言った一言目に反応が遅れてしまった。
いや、本当は。
(聞きたくなかったのかもしれない)
青鷹さんの口から「灰爾」という名前を。
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