龍のシカバネ、それに月
3
「は……。……はい……」
フォークをサラダに突き立てたまま、蚊の鳴くような声で返した。
灰爾さんの顔が見られない。
朝にする会話じゃないよね。
繊細な動きで、僕の髪を撫でてくれる大きな手。
そっと目線を上げると、灰爾さんのはにかんだような笑顔と目が合った。
「ありがと。嬉しい」
『嬉しい』……なんて。
恥ずかしくて、それ以上は何も返せない。
灰爾さんはコーヒーを口にしながら、今さっきまでとは違ういつもの口調で「優月ちゃん、今日は予定どうなってるの?」と問うてきた。
「えっと、匣宮を見に行きます」
「いつもご苦労様だね」
いいえ、と返して、やっとレタスを口に運ぶ。
「ありがたいこと……なんだと思っています。僕が見に行っても何もできることはないんですけど」
あの会談で、東龍が、珠生さんが華月子おばあさんに約束してくれた匣宮再建が始まっていた。
設計図を調整したりは何度も会議を開いて。
僕の言うことは、匣宮側の意見として取り入れられた。
本当を言えば、僕よりおばあさんの意見が欲しいんだけど。
託占が終わって以来、おばあさんは一度も姿を現していない。
「そんなことないよ。匣姫のそばにいる龍はそれだけで疲れない」
(そうなのかな)
だったら良いなぁと思う。
匣としての力はまだまだだと思うから、役に立っているなら嬉しい。
「灰爾さんの、予定は?」
「あ、そんな楽しみにしてくれる?」
「?……」
にまっと浮かんだ笑みに、自分の顔が真っ赤になったのがわかった。
「ちっ!! 違っ!!……」
「あはは、わかってるよ。聞いたから聞き返してくれたんでしょ? 俺は今日はね……」
視察の後は部屋で雑務。
熱くなった頬を撫でて、頭で繰り返した。
「だから、美味しいご飯作って待ってるね」
にっこり笑う顔に、内心戸惑う。
この朝ごはんだって灰爾さんが作ってくれた。
いつ目を覚ましても、灰爾さんは起きていて、そばにいてくれる。
言った通り、本当に大切にしてもらっている。
大切に、してもらっているのに。
(触れられて、大丈夫な自信がない)
そんなこと、灰爾さんに言えなくて。
待ってくれて、なにくれと世話をしてもらっているのに、返せる自信がない。
だけどそんなこと言えるわけない。
はい、と答えて笑みを作って席を立った。
匣宮の現場が見えると、もう作業してくれている龍たちの動く姿があった。
慌てて駆け寄ると、作業を止めて挨拶してくれるのに、一人一人返していく。
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