龍のシカバネ、それに月
2
昼間、ふとした空き時間に。
夜中、夢の中に。
「はる……たか、さん……」
大好きです。
大好きです。
大好き……。
夢の中の僕は素直に口にできるのに。
夢の中の青鷹さんは、優しく笑って受け止めてくれるのに。
ただ、それを悲しいと思った。
そして、早く沈めて、忘れてしまわなければと。
それなのに、後から後から溢れてくるのだ。
沈められた記憶が、母さんの術が弱まるとともに、思い出される。
(どうして……今ごろ。もう、どうすることもできないのに……)
お願いだから、そっと沈んでいて。
過去に忘れさせてもらった、幸せな記憶を。
「……優月ちゃん」
眠ったまま、睫毛を濡らす僕の目元に、眠れていなかった灰爾さんが、指先を触れていたのも知らずに……。
カーテンを開く音。
まぶたを照らす陽光。ゆっくりと目を開けるとそこに、灰爾さんの顔がある。
「おはよう、ハニー。よく眠れたかな?」
そんなことを言いながら、僕の額に軽いキスをくれる。
まだ寝起きでぼんやりしながら、腫れぼったく感じる目をこすりながら、ここが寝室のベッドだということを知る。
毎朝、そう、一週間ほどになる。
灰爾さんが僕を、東龍屋敷に迎えにきてくれて以来、龍に触れられるのが怖い僕のために、同じベッドでも触らないようにしてくれている。
時おり、さっきみたいなキスをくれたり、肩を叩いて呼ばれたりするくらいは平気になってきた。
(それにしても『ハニー』って呼ぶのは、ないと思う……恥ずかしい)
灰爾さんが作ってくれたご飯を食べながら、そんなことを思う。
顔に熱を上らせたまま、サラダを食べていると、灰爾さんが「あのね」と笑ったまま口を開いた。
「?」
「そろそろ、ね」
「……はい」
何だろう。
なぜか言いよどむ灰爾さんに、どう返したら良いかわからなくて、じっと見返してしまう。
灰爾さんは笑っていた顔を一瞬強ばらせて、口元を手で隠してから、目線を逸らした。
「そんなに見られると言いにくいんだけど……こんなの、わざわざ言うようなことでもないし。まいったな……」
「何がですか?」
口元を隠したまま、目線だけ戻してくる。
「そろそろ、してみませんか。夜」
「あ……」
フォークの先がレタスの下で、かつんと音を立てた。
(そんな、わざわざ言わなくても……っ)
灰爾さんと同じことを思ったあと、自分のせいだと思い至った。
僕に触れても良いか、大丈夫か、灰爾さんはそれを心配して言ってくれているんだ。
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