龍のシカバネ、それに月
1
夢を、見る。
「キスって、どんな!? したことありますか!?」
中学生になってしばらく経ったころ、半ばやけくそみたいな聞き方で青鷹さんに詰め寄ったことがあった。
友達何人かとそんな話になって、その内の誰かが「優月には当分わからないだろうな」と笑ったのが、その発端だったと思う。
我ながら下らない。
台所で洗い物をしていた青鷹さんは、一瞬きょとんとした顔をしてから、蛇口の水を止めて濡れた手をタオルで拭いて。
そのひんやりした手を僕の頬に触れた。
「ずいぶん大胆なことを聞いてくるんだな」
その後に、「匂いを抑える薬をもう少し増やしたほうが良いのかもしれない」と言ったのが、何のことだかわからなかった。
今はわかる。
僕自身にはわからなかったけど、成長に伴って匣の匂いを放ち出していたのだ。
人間の子である学校の皆には関係のない話だけど、朝陽を相手にそんな話を始めたら困ったことになったかもしれなかった。
当時、青鷹さんがくれる薬は経口投与だったから、ビタミン剤だとかなんとか言われて、何の疑いもなく飲み下していた。
「キス、したいのか?」
「えっと……はい」
好きな人ができたら、と続けようとした矢先、柔らかな感触が唇に触れた。
驚いて見開いたままの目が、青鷹さんの睫毛をじっと見てしまう。
そっと僕に触れた唇は撫でるように端に移動して、そこで強く押しつけられた。
熱が、伝わってくる。
「んっ、……ん、」
震える。
なんで。
触れてるだけなのに、唇の合わせ目がたまらなく熱い。
(気持ち、いい……)
小さく開いてしまった合わせ目から、青鷹さんの舌が僕の舌先をするりと撫でていく。
もっと。
もっとして欲しい。
震える指先で青鷹さんの肩の服を、ぎゅっと握った。
息が苦しくなったころ、ようやく離れていった青鷹さんが、目を合わせて「真っ赤だ」と笑った。
「鼻で息すれば良いのに」
「そこまで神経が回らなかったです。でも」
またきょとんとした青鷹さんのそばを離れて冷蔵庫を開けて。
我が家には滅多にお目見えしない甘いジュースのパックを取り出した。
「青鷹さんの唇が甘かったから。ジュースがあるのがわかりました。飲んでも良い?」
青鷹さんは苦笑して、洗ったばかりのグラスを手渡してくれた。
僕は目の前の甘味しか目に入ってなくて、キスのことなんてさっぱりどうでも良いことになっていた。
「美味しいか?」
「はい! 買ってくれて嬉しい。青鷹さん、大好きです 」
今よりずっと、子供だった。
初めてキスした青鷹さんが、一番好きな人になった。
いつ好きになったのかもわからない。
そんな記憶も、母さんの術で忘れていたのに。
このところ少しずつ思い出すようになってきていた。
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