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龍のシカバネ、それに月
6

 着ていた、と言えるのだろうか。
 会談の場、影時に術を暴かれて姿を消してしまうまで、雪乃さまはその着物をまとっていた。
 それに、と落ち着いた空気を漂わせる和室を見まわしてみる。
 確かに雪乃さまの部屋だと言われても頷ける場所だ。
 今も生活していそうなほどに、雰囲気が合っている。

(だけど、雪乃さまがこの部屋で生きていたことはなかったんだ)

 匣宮月哉を追った風祭雪乃は、そのまま鬼籍の人となってしまった。
 12年前の、朋哉さまの事件で西軍を率いはしていたけれど、その雪乃さまも幻だった。
 その微々たる動きすべてを、灰爾さんは たった一人でやり遂げた。
 それが、幼かった灰爾さんに遺された、頭領の最期の言葉だったから。

「俺に同情する? たった一人ぼっちの西龍だったんだ、って」

 大切そうな手つきで着物を片づけながら、灰爾さんはそんなことを聞いてきた。
 ……同情はする。
 独りというものはつらいものだ。
 だけどそれを口に出して良いものかどうかは迷った。
 同情されることを嫌う人もいる。

 クローゼットを閉じた灰爾さんは「嫌だなぁ」と笑いながら近づいてきた。
 そのままふわりと抱きしめられる。
 びくりと肩が揺れた。
 僕はまだ、龍に触れられるのが怖い。

「せめて『同情する』って言ってくれない と、俺たちは何も始められないだろう?」

「何もって」

「同情が横滑りする恋もあるってことだ よ」

 あっさり腕をはずしてくれて、ほっと息を吐いた。

「優月ちゃんは雪乃さまの部屋の隣の部屋を用意したから。俺の部屋は、向かい側。いずれ、雪乃さまの部屋だった場所を俺の部屋にしようと思ってる」

「? 同じ家の中で引越するんですか?」

「うん、だって。優月ちゃんと俺の部屋が 隣同士のほうが便利でしょ。間の壁にドア作れば、夜中の移動だって簡単だし」

(『夜中の移動』って……)

 顔に熱を上らせたまま、うつむいて黙っていると、灰爾さんはわざと覗き込んできて「おっきいベッド買おうか」などと言ってくる。

「し、知りませんっ!」

 可愛いなぁ、と続く笑い声に背中を向けて、僕の部屋だと言われた部屋のノブを手にした。
 ふいに、肩に手を置かれて、びくりと震えながら振り返ると、目の前に両手を小さく挙げて苦笑する灰爾さんの顔があった。

「あ……ご、ごめんなさ……」

「優月ちゃんの嫌がることはしない。嫌なことがあったら言って? 前にも言ったと思うけど、優月ちゃんと俺は仲良くやれると思う。大事にするよ、本当に」

 灰爾さんが、蒼河さんとのことを知っているかどうかは知らない。
 知らないけど、それでも、すべてを見透かしているようなその目が怖いと思った。

「灰爾さんが僕と合うと思っているのは、僕が、雪乃さまの血を引いているから……ですか?」

「そうかな」

 そう言いながら、さっき僕の肩に触れた手のひらをじっと見つめた。


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