龍のシカバネ、それに月
5
部屋の中では静さんが大慌てで、取り急ぎ要るものだけを鞄に詰めていた。
「あと、ご用入りのものは送ることにしましょう」
そう言う静さんの言葉を耳に拾って、灰爾さんは振り返った。
「あんまり多く送って来ないでね? 西は 東と違ってほら、手狭だから」
言われて、マンションの部屋を思い出した。
西の家を知らない静さんは顔に疑問符を 浮かべて「そんなに狭いんですか?」と心配そうに囁いた。
いや、そんなに心配するほどじゃない。
昔、母さんと朝陽と暮らした部屋よりは 断然広いんだから。
よっこらせ、と声が聞こえたかと思うと、縁側から立ち上がった灰爾さんが僕のそばに立って、静さんが詰めた鞄を手に取った。
「着替えがあれば十分だよ。ご苦労様、ありがとうね」
灰爾さんにさらりと言われた静さんが「えっ」と声を上げた。
「私もお供致します。ずっと優月さまにお仕えしてきたんですから。お許しいただけるなら、今後もお世話をさせていただきたいです」
灰爾さんにくい、と手を引かれた。
「ごめんね、静。西は狭いし、俺ら新婚だから。二人にしてくれる?」
「……っ、し、失礼しました……」
新婚、の下りで真っ赤になって控えてしまう静さんのことを「可愛いねぇ」とからから笑って、灰爾さんは廊下を歩いて行く。
一度だけ、振り返った。
井葉の家に初めて来た時から、僕の部屋として宛がわれていた部屋。
静さんがその敷居近くで膝をついて頭を下げていたのが見えた。
そして。
そのずっと向こう側の廊下に、青鷹さんが立って僕を見ているのが見えた。
目が、合っていたと思う。
だけどもう仕方がないのだ。
僕には何もできないし、青鷹さんにも何のしようもない。
僕は、西の頭領の匣姫なのだから。
どうぞ遠慮なく入って、と言われて、改めて灰爾さんの家──いや、西の家を見渡した。
広い玄関からフローリングの廊下が伸びていて、飾りガラスのはまった白いドアが見える。
ドアに行くまでの間の部屋だろうドアが二つ。
「開けても良いですか?」
「どうぞ? もう優月ちゃんの家でもある」
そう言われても遠慮が消えるわけじゃなくて、ドアノブを握る手に力が入ってしまうんだけど。
えい、とばかりに開けて足を踏み入れる と、そこは予想と違って和室になっていた。 畳の上に暖かそうなラグが敷いてあって、文机が一つだけ、端に置かれている。
急に視界が陰ったと思ったら、背後に灰爾さんが立っていた。
「ここは、雪乃さまの部屋だよ」
「えっ……」
僕の横を過ぎてクローゼットを開くと、中に和ダンスが二つ、サイズを計って入れたかのようにきちんと並んでいた。
開きを開いて引き出しを引くと、白と浅黄のぼかしが入った着物が現れた。
「それ、雪乃さまが着てた……」
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