龍のシカバネ、それに月
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適切だと思われる言葉を並べて、一礼する。
顔を、上げる。
真正面にいる青鷹さんと目が合ってしまう。
困ったような笑みを浮かべる青鷹さん。
青鷹さんも、何を言って良いのか、わからないんだと思う。
「元気で。優月」
「青鷹さんも」
綺麗に笑えたかな。
あまり、自信がない。
部屋を出た。
廊下を歩く後ろから静さんが従いてくる足音が聞こえる。
いつになったら独りになれるのかな。
そんなことを考えていたら、東龍屋敷の僕の部屋の前に人が立っていた。
朋哉さんだと思った。
配置のことを気にして来てくれたのか と。
灰爾さんだった。
(どうしよう。どんな顔すれば)
いや、もちろん、ちゃんと笑顔でいないと失礼なんだけど。
こんなに早く会うことになるとは思ってなかった。
(早くは、ないか)
何しろ狐が書簡を持ってきてから、一週間は経っていたのだし。
灰爾さんのほうにも『優月の体調が良くないから配置に関しては後日』と東から連絡が行っていただろう。
一週間待ってもらっていたのだ。
灰爾さんは僕の姿を見つけると、いつもみたいににこっと笑ってくれた。
その笑顔に、少しだけ救われた気がした。
「体調良くないって聞いてたけど。どうかな?」
「えと……」
大丈夫、と答えたら多分、西に連れていかれるんしゃないかと思って。
しばらく逡巡していると、灰爾さんはくすっと笑った。
「体調良かったらそれで良いんだよ。今すぐ取って食おうってわけじゃないんだから」
「え、そんなこと思ってたわけじゃ」
嘘だ。
見透かされたような気持ちで、僕は俯いてしまった。
「でも、西には来てもらおうと思ってるけどなぁ。だめ?」
「そんな、今日?」
うん、と灰爾さんはちらと東龍屋敷を振り返った。
「だって、君は西龍頭領の匣姫になることが決まったんだし。むしろ、ここにいなきゃならない理由ってある?」
「…………」
二の句が告げられなくなってしまった僕に、灰爾さんは苦笑を浮かべた。
大きな手、でも青鷹さんとは違う繊細な動きで僕の頭を軽く撫でる。
「ごめんね? 意地悪な言い方だったね。 君はまだ青鷹を好きなのに」
「いえ……。西に、行きます。用意しますから、少しだけ待っていてもらえますか?」
良いよ、と頷いて、そのままその場の、縁側に腰を下ろして、灰爾さんは鼻歌を歌っていた。
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