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龍のシカバネ、それに月
1

 完全なる日本家屋。

(と言っても、建築詳しくないからわからないんだけど。とにかくすごい)

 通された部屋は客間で、正面に床の間があって掛軸がかかっている。
 手前には濃い藍色の花器に菖蒲の花がすらりと伸びている。

 半分開け放した間から庭が見えるんだけど、こんな立派な庭、ドラマでしか見たことのない代物だった。
 舞台があまりに凄すぎて、緊張が半端じゃない。

 正座した上に握った拳が止めようと思うのに、ふるふる震える。
 それもこれも、くる途中で久賀さんが井葉家の説明をくれたからだ。
「井葉の家はこの辺りの龍の宗家にあたる。つまり龍の一族の長 東龍の居宅だ」と。

――君がトウリュウのハコでなければならないからだ。

「東龍は……龍の長だって言いました……? 久賀さんが僕に会わせたいと言ったのは、東龍……?」

 龍の長に会う!? 
 会って何話せば良いの!?

 久賀さんは僕がどうして動揺している理由がわからないといった顔で「大丈夫」と返してくる。

「優月は聞かれたことに答えていれば良い」

 そんなことより、と続いて、ドキッと心臓が跳ねる。
 昨日の晩のことを言い出すんじゃないかって。
 久賀さんは寝ていたはずだから、多分、覚えていないと思うけど。

「“久賀さん”じゃなくて、“青鷹”と呼ぶように言っただろう」

「え」

 それ、そっちは覚えてたんだ?
 てことは、その後のことも?

 運転席の久賀さんの表情は、平常通り変わらない。

「朝陽にも言っておいてくれ。兄から『ややこしい』と苦情が来ている」

「は、はい」

 至極真っ当な理由を続けられて、うつむいてしまう。
 前言撤回。
 きっと、夜のことは全部寝ぼけ半分で覚えてないに違いない。

「弟が帰ってくると、もっとややこしいことになってしまう。慣れておけ」

「弟さん……」

 弟さんがいるんだ。
 久賀さんが20代半ばに見えるから、前半ぐらいの年かな。
 三人兄弟ってどんな感じなんだろう。

 そんなことを考えてたら、じっと僕を見つめる視線を感じた。

「な、なに」

「練習。呼んでみろ」

 さらっとそんなことを言われて、顔が強ばる。
 早く、と追い立てられて、声を出せないまま、口をぱくぱくさせてしまう。
 しばらくそのまま見ていた久賀さんが、ぷっと吹き出し笑いを洩らした。

「優月、金魚みたいだな」

「――――っ!?」

 人の努力をこの人はっ!!

 車が止まって先刻の日本家屋に着いた時、開かれたドアから車を降りるのをためらってしまった。

 家の前に蒼河さんが立っていたから。
 表情を固くしたせいか、蒼河さんは両手を開いて僕に見せてきた。

「ほら。光ってないだろ。何もしないよ」


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