龍のシカバネ、それに月
3
朝陽が部屋へのドアを開け、僕を入れてから鍵を閉めた。
「おかしいだろ。親戚なのに、なんで今までつきあいがなかった? 居場所を知らなかった?」
「それは……」
母が言っていたことをそのまま言うなれば、“身分違い”だったから、だ。
時代錯誤な話だと思う。
話は僕が生まれる前のころのこと。
母は天涯孤独の身で、父の家に、一緒になることを許されなかった。
説得が上手くいかず、父は家と故郷を捨てて母と逃げ、新しい場所で家庭を築こうとした。
その矢先に、……病気で亡くなってしまった。
ヘタなロマンス小説みたいな恋物語。
でも2人は真剣だった。
残された僕らはそうしてぽつんと、大海に浮かぶ孤島のようにして生きてきた。
「だから余計だよ。そんなふうになった母さんが頼る場所は、親父の実家しかなかった。母さんには身よりがなかったからね。でもそうしなかった。俺らを託せない、信用できない何かが奴らにあったからに違いないよ」
「奴らって。そんな言い方だめだよ、朝陽」
実際、僕たちはもう久賀さんのお世話になっている。
病院にかかったお金も葬儀にかかったお金も、みんな久賀さんが支払ってくれた。
金銭的なことだけじゃなく、ずっとそばにいてくれて何かと面倒をみてくれた。
すわる間もなかった僕に、いつも軽い食事と時間を準備してくれたのも久賀さんだった。
「優月は母さんが亡くなって、混乱してるんだ。だからわからなくなってる」
「違う。ちゃんと考えてるよ。朝陽の学校のことも、生活のことも……」
「学校なんてどうでもいいよ。早く荷物まとめて。大家さんとこ、行こう。この部屋を出るんだ。でないとまた久賀が来る」
押し入れを開けて、中学の修学旅行で使った大きめのかばんに、どんどん衣類を詰めこんでいく朝陽に、今の僕こそ混乱していた。
「ちょ、朝陽。どうして荷造りなんか? 出て行くって、どこに?」
僕たちに行くところなんてない。
このアパートにいさせてもらえるだけ、ありがたいと思っているのに。
新しい場所を借りるだけのお金がない。
「朝陽。ね、焦らないで。久賀さんの所に行くって決めたわけじゃないよ。朝陽の気持ちを無視して決めたりなんて、絶対しないから、荷造りやめて」
「優月」
かばんに詰めようとしていた衣類を置いて、朝陽はとつぜん僕に抱きついてきた。
長い腕が肩と腰に回って、ぎゅっと力を込められるとちょっと痛い。
朝陽は大きい。
あやすように、広い肩を撫でる。
「大丈夫だよ。心配しないで。僕がちゃんと一番良い方法考えるからね」
「俺が……優月のこと、守る。母さんの分も、俺が」
くぐもった声が虚勢をはったみたいなセリフを吐くから、ちょっと笑ってしまった。
「? 何言ってんの。僕が朝陽のお兄ちゃんなんだから、僕が朝陽を守るんだよ?」
耳元に、朝陽の唇がかすった。
熱い吐息と共に、低い声が囁く。
「ごめん、優月」
鳩尾に鈍い痛みが走って、朝陽の肩を撫でていた手がずるっと畳に落ちてしまう。
「あさ…ひ…?」
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