龍のシカバネ、それに月
5
さぁねぇ、と曖昧に笑う。
(“さぁねぇ”って!?)
意味がわからないと思っていると、僕の手から手を外して、頭を撫でてくれた。
「俺の中には半分、月哉が入っていた時期がある。あんまり長いこと、体を半分こしてたから、記憶が流れてきたり流れてっちゃったりして。ごちゃごちゃしててさ」
「それでも、知ってること、教えて下さい。父さんのことも」
そう? と半分面倒そうな顔をしてから、朋哉さんは珠生さんを振りかえった。
朋哉さんが何も言わなくても、察したような顔をして「また終わったころに様子を見にくるよ」と言って、出て行ってしまった。
(!? もしかして、出て行ったほうが良かったのは僕のほうだったんじゃ!? 離れ離れだった恋人が、ようやく目覚めたっていうのに、僕はっ……)
「はい、一人で百面相しないのー。俺のほうにも優月に用があったし、それ、さっさと終わらせたかったしね」
「僕に、用事!? 何ですか!?」
んー……とこきこき肩を鳴らしながら、朋哉さんは思いだすように眉間を潜めた。
「兄上は……桜子さんに守られていたけど、そこからも何度もさらわれてる」
優月がつらいだろうと思うようなことも言おうとしてるけど、いい? と聞かれて、はいと唾液を下した。
「毎回、桜子さんは取り返したけど。その度に何ていうか、その、体の交合ってヤツを持たされて、その上で影時に殺されてる。理由は『雪乃のもとに帰りたい』
……おめでたいよね、わが兄ながら。誰のために四龍がめちゃくちゃになってんだって話なのにね」
「雪乃さまの死は、母さん……桜子さんも知っていたはずです。母さんは父さんに伝えなかったんですか?」
雪乃さまは、母さんの目の前で殺されていたはずだ。
「さぁね。聞かされてなかったか、それとも解りたくなかったか。どっちかだろうね」
「『解りたくなかった』……」
わかるような気がする。
この世には、解ろうとすれば胸が張り裂けそうになるほどつらいことが、確実に在る。
「肉体を離れて、魂だけになって、月哉は初めて理解したんだろうね。『雪乃はこの世にいない』『雪乃の忘れ形見、優月も影時に狙われている』。優月を守らなければならない。
……それで、おあつらえ向きに二つ月だった弟、俺の体を半分乗っ取った……ひでえ話」
「……すみません。謝って済む問題でもないですけど、僕には」
頭を下げようとした僕を、朋哉さんは手で止めた。
「別に優月が謝る話でもないでしょ。優月にとって『僕の父がとんだことを』って言い分なら、俺にとっても月哉は兄なんだしさ。身内同士で謝りあったって、不毛でしょうよ。
そして、肉体的に復活を果たした月哉は、影時の前に現した。影時は喜んで月哉を、つまり体は俺をさらってわが物にしたよ。匣がそばにあれば、力は無限だからね。
そうして、月哉はおまえを守るために……おまえを不幸にしないために……影時と同じに、匣宮の滅亡を祈るようになった」
「そんな……僕の、ため……?」
──優月のために……してきたことだ……。
山茶花の部屋。
月哉は、父さんはそう言った。
それだけは、真実だった。
生まれながらの匣姫は俗世に切り離されて、匣宮で育つ。
匣姫になるためだけに。
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