龍のシカバネ、それに月
9
「……はるたか……」
「!?」
頭上で、寝息に混じった久賀さんの声が聞こえて。
慌てて胸元から離れようとしたのに、腕をぎゅっと回されるほうが早かった。
「く、久賀さんっ……苦し……」
「“はるたか”。“久賀さん”じゃなくて、“青鷹”……」
「…………」
って、呼んでくれってこと?
ぶわっと熱が上がる。
別におかしくない。
この家にいるのはほとんどの人が『久賀さん』なんだから、それぞれ下の名前で呼んだほうがわかりやすい。
わかってるのに。
「は……はる……。…………久賀さん」
むっ……無理。
なんか変に意識して、言えない。
さらっと呼べない。
またもぞもぞ動いて、久賀さんに背中を向けようとして、肩を掴まれた。
振り返ると、やっぱり目は開いてない。
寝ぼけてる。
(寝ぼけてる人の言うことにいちいち反応して焦ったりして……バカみたいだ)
「優月……」
肩から顎へ、するすると移動していく久賀さんはどうせ寝ている。
小さく息を吐くと、僕も目を瞑った。
(…………?)
唇のすぐ横に、柔らかいものが押しあてられた。
「んっ、む……っ!?…」
続けて、唇にも触れてはゆっくりと離れて、また角度を変えて別の場所に移動する。
柔らかで、熱で溶けたような舌が、唇の表面を濡らして行った。
未経験の感覚が、ぞくっと背筋を震わせる。
「っ、ふっ……んんっ」
目を開いて、声にならない叫びを上げた後、全力でベッドから転がり落ちた。
脱兎のごとく部屋から飛び出すと、似たようなドアがずらりと並ぶ廊下を一目散に走った。
(キ……キ……)
二文字だけど、全部言うのは無理だった。
[*前へ]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!