龍のシカバネ、それに月
5
彼女の前に現れた時、影時はすでに父親を手にかけた後だった。
彼女に関わった南龍を斬り、最後に、初めて触れた母親に懇願された。
―─どこのどなたか存じませぬが、お頼みいたします。どうか、死なせて下さい。
(残酷すぎる)
「影時が月哉匣姫を気にかけたのは、そういう浮世離れした性格が、少し葉月匣姫に似ていたからかもしれぬな。
葉月匣姫が南に拉致されたのは、匣宮にも責がある。以前の匣姫というのは、代々皆で分かち合うものであったという歴史がある。南は……四龍の中では一番大きな組織じゃ。ゆえ、変革がなかなか進まぬまま来てしまっておったのじゃろう」
しかし、と言いながら蜜柑を口にする。
「南龍後継は、良い男ではないか。一癖ありそうな西の後継もなかなか。東の後継はちと堅物そうじゃが、見目は良い」
影時も昔は美丈夫であったが、年が合わぬのう、としみじみ続いた。
(って、何の話だ!?)
「わしが優月匣姫であったら、配置は誰でも良いわ」
言ってから、からからと笑う。
「〜〜……っ。は、青鷹さんは別に、堅物ってわけじゃ……何にでも真剣に向き合って考える。そういう強い優しさを持った人ですっ……」
ほう、と蜜柑を下して、また僕をじっと見つめる。
「な、なんですか」
「優月匣姫は、東の後継がお好きなんじゃな」
「なっ……! そんなこと言ってな」
からからと笑い声をあげるおばあさんに、二の句が告げなかった。
顔に熱が上っている。
相手がおばあさんじゃなくても、バレバレだ。
「匣姫の気持ちを一番に考える規律を作りたいと、藍架の息子が言うておったな」
珠生さまが、確かにそう言ってくれていた。
嬉しいと思った。
僕だけじゃなくて、朋哉さんも、もしそんなルールがあったら、迷わず珠生さまを選べたはずだった。
あんなふうに、苦しまずに済んだ。
「実際には滅びに瀕して、匣姫の力を渇望している一族が2つ。内、北は今後どう舵をとるつもりなのかもわからんが。おそらく、東よりも匣姫を必要としておる」
「……はい」
ここで育ったわけでもない僕でも、客観的に見て、おばあさんと同じように思う。
「わしとしては、そなたを東にやってやりたいと思うが、すべては応龍の意志次第」
そう言いながら、小さな体を立ち上がらせた。
すわったままの僕ともきちんと目が合う高さだ。
「お覚悟はなさっておかれるよう。おやすみ、匣姫」
「おやすみなさい……」
小さな背中を見送りながら『覚悟せよ』という言葉が頭に繰返しよぎる。
覚悟。
青鷹さん以外の人に配されるかもしれない、覚悟。
(おばあさんは、それを言いに来たんだ)
僕が、朋哉さんのように望まない場所に配されるかもしれないと。
それでも、匣姫として生きていけ、と。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!