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龍のシカバネ、それに月
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「朋哉匣姫には『ばばあ』などと呼ばれておったんでな。年寄りにはいささか派手すぎる名前じゃし。無論、わしとて若い頃は名に負けぬ美貌を──」

「ご、ご用向きは何だったんですか?」

 早く軌道修正しないとずっと続きそうだ。
 そうじゃった、と言ってから、じっと僕の顔を見つめてくる。
 何だろう。

「月哉匣姫に似ておられるな」

「…………」

 そう言われたのは初めてじゃない。
 でも、父さんをよく知るおばあさんに、しみじみと落ち着いた声色で言われると、なんだか泣きそうになった。

「生まれながらの色名龍というのがあるように、生まれながらの匣姫というのもあってな。月哉匣姫はまさにそれじゃった」

「生まれながらの匣姫……」

 それは、滅多にない確率で生まれてくるんだろうけど。
 生きる道が1つしかないという生き方は、果たして幸福なんだろうか。

 黙ったまま、かごの蜜柑をおばあさんのひざ近くに進めると、小さな皺だらけの手が一つ取り上げた。
皮を剥く小さな音が部屋に響く。

「そういう匣姫が生まれましたらば、早々に俗世とは隔離しましてな。徹底して匣としての指南を受けさせる。まぁ、四龍をまったく知らずして匣姫になられるのもいかんということで、時折は龍の子が通う学校へもやりましての」

「そこで、雪乃さまや母さんや……北龍とも友達になったんですね」

「匣姫の場合、友達というより崇拝対象として扱われることが多かろうがの」

 小気味良く、蜜柑を噛む音がする。

「匣宮にいることが多かった月哉匣姫は、ちょっと浮世離れした性格に育たれてのう。配置が雪乃になったのも、月哉匣姫にとってはお幸せなことじゃったな」

 これが南の朱李が相手でも、東の波真蒼治でも、うまくはいかんかったろう、と続けて、蜜柑を飲み下した。

「父さん……月哉の、前の匣姫は……お好きな方のところへ配されたのですか? その、影時……さまのお父上というのは、彼女にとって、好んだお方だったんでしょうか」

 ああ、と少し眉をひそめて、おばあさんは蜜柑の白い筋を指で剥いだ。

「葉月(はづき)匣姫は匣宮にとっては分家筋の娘で、育ちの詳しいことはわからぬが、おそらくは月哉匣姫と同じように、生まれながらに才をお持ちの方じゃった。だが、本人も周りもそれを知らぬまま育ってこられての」

 そこまで話してから、おばあさんは蜜柑の筋を取る手元を止めて、ふっと僕を見上げた。
 な、何だろう。

「似ておるな。普通に育ってきて、いきなり匣姫に据えられた葉月匣姫と、貴方は」

「そう言われてみると……そうですね」

「匣宮に見いだされ、匣姫指南を受けて。怒涛の日々を終わらせたのが、意外にも配置じゃったんじゃろう。見も知らぬ北龍頭領、つまり影時の父親に配された後は幸せそうに見えた。まさか、南が暴挙に出るとも思わぬことでな」

 あれがすべての原因だったのかもしれぬ、と呟くように言う。

(影時の母親、葉月匣姫……)

 彼女が南にさらわれたのは、影時を生んだ後、すぐだと会談で聞いた。
 南で龍力の増幅機として扱われた彼女の前に現れたのは、成長した我が子。


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あきゅろす。
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