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龍のシカバネ、それに月
2

「……困ったことって?」

 ぼそっと問う紅騎さんの声に、おばあさんは頷いた。

 紅騎さんの後ろ、赤い几帳の向こう側で朱李さまが「まさか」と呻いた。
 何かご存知なんだろうか。
 赤い几帳をじっと見ていたけど、朱李さまは呆けたように、「藍架か」とつぶやいたきり、黙ってしまった。

「応龍が、寿命で霞となられた」

 おばあさんが茶をすすりながら、さらりと言った。

(応龍って、神様なのに寿命とかあるの!?)

 それと藍架さまと何の関係があるのかと思って、緑の几帳を見てその向こう側に座する珠生さまを見た。
 僕が見ているのに気づいたらしい珠生さまがひらひらと手を振ってくれる。

 本来、この会談で几帳の向こう側に座るのは、それぞれ頭領だ。
 それなのに、東は頭領不在……。

 匣宮で蒼河さんが亡くなった夜、帰り際にきつねの面のおばあさんは言った。

──わしは藍架に用があるゆえ、井葉屋敷に行くつもりじゃが、匣姫はそれでよろしいか?

(『藍架に用がある』……)

 それはいったい、何の用で。
 場の時が止まったようになった後に、おばあさんはこともなげに言った。

「今は、藍架が応龍となってくれた」

 匣宮で出会った夜、おばあさんは僕を井葉屋敷に送ってくれた。
 そしてその後、藍架さまに会い、話を進め……藍架さまは、応龍となるために現世の肉体を散らせた……。

(そんな)

 言葉が出ない。
 それって、死と同じことなんじゃないんだろうか?

「年から言っても、藍架が適任じゃと思うての。と言っても、応龍になられた後は現世での人格は消えてしまわれるから、心配はない。配置に東に肩入れなさることもない」

 淡々と説明が進む。

 珠生さまは大丈夫なんだろうか。
 自分の父親が自分の意思でこの世の命を捨て、神になる──僕には想像もつかないけど。

「ゆえ、この後はわしが応龍にこの場であった話をお伝えし、おうかがいをたて、匣姫配置の決定を託占として伝えることになる」

 よろしいか、と続く言葉に、皆が頭を下げて了承した。
 あとは応龍の、神の言葉を待つのみになった。

 これにて閉会とする、という声が聞こえた後、ぼんやりしてしまって。
 青鷹さんに肩を叩かれるまで、気がつかなかった。

「大丈夫……なわけはないか」

 苦笑を浮かべる青鷹さんに、首を横に振る。

「大丈夫、です。ただ、一気に色々わかりすぎて驚いてしまって」

「……そうだな」

 今の感覚には覚えがある。
 朋哉さんに会って、僕の中の匣の蓋を開けてもらったあの時に似ている。
 情報が膨大で、処理しきれない。
 それでもまだ、朋哉さんのレベルに達していない僕には読み取ることのできない情報もある。
 それに似ている。

「俺が怖いか?」

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あきゅろす。
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