龍のシカバネ、それに月
5
思う、だろう……。
「だが、優月匣姫を見て、青鷹の気持ちは揺らいでしまった」
俺が言いたいことを、何もかも見通した老婆が続けた言葉に、うつむくしかなかった。
──青鷹さんに、一緒にいてもらおう? 僕は青鷹さんを信じたい。
まだ12だった優月が、『信じたい』と言った。
いずれ、優月を殺すつもりでいた俺のことを信じると。
その場にひれ伏したくなるほど嬉しかった。
なぜだ?
殺してしまうつもりだった。
たった12才の少年だ。
彼が言った言葉を、目頭が熱いと思ってしまうほどに。
これが匣姫の力なのか?
だからなのか。
幼い優月を全力で守りたいと、忠信を誓った珠生さまの言葉よりも優先させてしまったのは。
あの瞬間、俺の中のすべてが変わってしまった。
るり子のこと、理玖のこと、東龍のこと、北龍のこと。
珠生さまとの約束のこと。
(どうでもいい、と、思ってしまった)
すべてがどうでも良くなった。
人生を賭けた、珠生さまとの約束でさえも。
優月さえ無事でいてくれるなら、何でもしたい。
匣姫を目の前にしてしまった龍は、誰でもそう思ってしまうものなのだろうか。
優月を尊いと思ってしまうのは、俺に龍の血が流れているからなのか?
(それすらも、どうでも良くなった……)
殺すつもりで、とりあえず捕らえて珠生さまの前に引き出すために探しだした月哉さまの子、優月のため、俺は匣姫を奪いにきた龍を次々に始末した。
北龍はもちろんのこと、中には同じ東龍でさえも。
「わかってるよ、青鷹」
背後から、珠生さまの声が聞こえた。
俺は前を向いた体を振り返らせることができずに。
「わかってた。青鷹が優月くんに抱く気持ちは。だって私も、匣姫に心を囚われた龍なのだからね」
珠生さまは、何でもないことのように言った。
ゆっくりと顔を上げると、そこに微笑を浮かべる珠生さまの顔があった。
「珠生さま……」
言葉が続かない。
ただ、また頭を下げて「申し訳ございません」と口にする。
心から申し訳なく思う。
貴方と朋哉さまの約束を守ることができなくて。
貴方と交わした……滅びの約束を守ることができなくて……。
珠生さまは下げたままの俺の髪を、よしよし、と子供に言うような調子で言いながら撫でた。
「見てごらんよ、青鷹」
「…………?」
珠生さまに促されて、顔を上げる。
正面に灰爾。
右に影時。
左に紅騎。
目の前に、珠生さまが笑みを浮かべていた。
「この中に、匣姫に囚われずに済んだ龍がいるかい?」
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