龍のシカバネ、それに月
2
――『匣姫と、匣姫を配置する匣宮と四龍のすべてを 壊す』。
その願いは東龍も同様じゃったな、“龍殺 しの青鷹”?
挙げ句が“龍殺しの青鷹”だ。
その不名誉な二つ名を、優月はどう受け止めただろう。
(どう、思っただろう)
東龍が、北龍と同じ『滅亡を願う一族』であったことを知って。
俺が、龍の力を奪う龍殺しだと知って。
小さな老婆に目を戻す。
彼女の誘導によって、次々に露見される、西の秘密、北の過去と本当の願い、南の罪……。
暴かれていく、真実たち。
隠しだてしても、老婆の目にはすべてわかってしまうのだろう。
幼い日、義理の母に追い詰められた末に、実の弟から力を奪ったこと……その後に起こったこともすべて。
「仰せの通りでございます。俺は……弟の、理玖の力を奪った……」
不思議な巡り合わせであったな、と続く老婆の言葉に疑問が過った。
「不思議、とは」
「幼いそなたの体には色名龍としての龍の力が枯れかけておったのじゃろう。元々、そなたの母は人間なのだ。色名龍として生まれてきただけでも奇跡じゃ。それを、義理の母とうまが合わずに日々を過ごしていたのじゃ。力が削られてもおかしくはなかろう。思っておったじゃろう?」
『力などいらぬ』
『久賀の家名などいらぬ』
『匣宮などいらぬ』……
老婆があげた気持ちの羅列は、当時少年だったころ、本当に思っていたことだ。
自分に力がなければ、義母 瑠璃子の言う通り、久賀の家を継ぐなどと面倒なことは弟 理玖に任せることができる。
理玖は色名龍同士が結ばれてできた、正真正銘の色名龍なのだ。
俺は龍ですらなくて良かった。
この血脈から逃れたかった。
そんな思いが力を削っていたのだろう。
だが、12年前のあの夜。
瑠璃子が俺を亡き者にしようとしたことで、形勢は逆転してしまった。
俺は、弟の力を奪ってしまった。
奪いかたを知っていたわけじゃない。
以後、誰かの力を奪うこともなかった。
だが、理玖の力を奪い、瑠璃子の色名を奪った俺には結果として、龍として生きる道しかなくなってしまったのだった。
「今、そなたの体に息づく力は理玖のもの。もっとも、すでにそなたの体に馴染み、そなたのものだと言っても過言ではない。そなたは『匣宮がなくなれば良い』と思いながら、力を自在に操り、北龍 影時から三龍と匣姫を守り、先の匣姫をも奪い返した」
その功績は大きい、と老婆は目を瞬かせた。
几帳ごしにも、優月の緊張が伝わってくる。
老婆の、俺の働きに対する認知をありがたく受け止めた。
「皮肉なものじゃな。龍として生きることを誰よりも憎みながら、龍としての功績だけは上がっていくのじゃからの」
老婆が言うことはすべて当たっていた。
顔を上げることができない。
「そういう青鷹と、藍架の息子 珠生が出会ったのも、生きる道の道標だったのであろうな。
珠生、そなたは先の朋哉匣姫と約束を交わしていたな」
珠生、という老婆の呼び掛けに俺も含めた全員が、緑の几帳を振り返った。
(何を言っている……ここにおられるのは藍架さまだ。珠生さまは朋哉さまのおそばにおられるはず……!)
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