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龍のシカバネ、それに月
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「『匣姫と、匣姫を配置する匣宮と四龍のすべてを 壊す』。その願いは東龍も同様じゃったな、“龍殺しの青鷹”?」

 俺は、『匣宮』の名をなのる老婆をじっと見据え、是とも否とも答えないまま、彼女のその黒い瞳から目を離さなかった。

 龍殺しの青鷹。
 面と向かって言われたのは初めてだ。
 苦笑が浮かぶ。
 
 名前だけ聞けば凄そうな話だが、実際にはただの偶然で……ただの矮小な話でしかないというのに。






 東の色名龍として名を馳せていた波真蒼治。東龍後継を務め、その能力を匣宮に認められ、朋哉匣姫の配置先に選ばれるほどであった。
 その右腕として密やかに名を上げていたのが、久賀義青(よしはる)。
 俺の父親だ。

 だが、義青は名や役職が上がることを良しとしなかった。
 彼が愛したのは、静けさと安穏。
 色名龍でありながら、義青の執心は 匣姫にはなかった。

 藍架の勧める縁談にも首を縦に振らなかった義青の選んだ伴侶は龍ですらなく。
 力ない、ただの人間の女。
 その縁談は、東の一族を少なからず落胆させた。

 力のある色名龍は、同じ力量を持った色名龍と更なる力を持つ子をもうける。
 できれば生まれながらに色名を持てるほどの力を持った子をもうけるのが、望ましい。 生まれながらの色名龍を多く持つことは、一族の力の増加に繋がるからだ。

 色名龍が生まれる可能性の低い、龍ですらない相手であった義青の婚儀は、一族には歓迎されないものだった。
 だが、名を上げることにも龍の力にも興味のなかった義青には、心の通じた妻が大事で、力を持たない子が大事。
 義青家族は穏やかに暮らしていた。

 第二子 青鷹が、色名龍として生まれたと同時に、義青の妻が亡くなるまでは――。

 後妻として久賀家に現れた色名龍 瑠璃子(るりこ)は、青鷹の弟として生を受けた色名龍 璃玖(りく)を溺愛し、久賀の家を継がせたいと願う。
 色名龍としては自然な彼女の思いはしかし、久賀の家では賛同されなかった。

 久賀には前妻が生んだ青鷹という色名龍がいたからだ。
 義青にとってはどちらも愛らしい我が子。
 龍の力を持たない長子 海路とともに兄弟でもり立てて行ってくれれば良い。
 そんな矢先、ことは起こった。

 時は現在から遡った、12年前。
 朋哉匣姫が北龍につれさられたあの夜に起こった。







 板の間に座したまま、小さな体をした老婆は、その容姿に似合わぬはっきりとした声色で告げた。

「母親に久賀の廃嫡を詰めよられ、弟 璃玖の、色名龍としての力をすべて奪った。“龍殺し”の噂は事実じゃな」

 目尻の落ちた柔らかな表情をしながらも、事実をつきつけてくる口調は確かなものだ。 俺は東の席に座した姿勢から、頭を下げて「はい」と短く返した。
 灰爾と紅騎の視線が集まる。
 山吹の几帳の向こう側で、小さく息を飲む気配があった。

(可哀想に)

 幼いころから母と弟と自分を守ってきた俺を、優月は信じてきただろう。
 だからこそ、東の言うことを信頼し、従ってきた。
 指南に耐え、先の匣姫に教えを乞い、健気に匣姫としての道を切り開いて行った。
 ……蒼河の暴力を、その小さな体に受け入れてさえも。

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