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龍のシカバネ、それに月
2

 おばあさんは僕に一礼してから、灰爾さんを見て、それから北龍 影時を見上げた。

「『後継ぎのいない、ただ1人の一族』といえば、そなたの北龍も同じ条件だが。何か言っておくことはあるか」

 あるなら聞こう、と匣宮の夜に言った同じ言葉を、ようやっと北の席に戻った影時に向かって言った。
 影時は俯いたまま、苦笑を浮かべた。

「ただ1人の一族といえば、西と北は確かに同じ。だが、匣姫を手に入れたいと思う動機がまるで違う。西は『再興』のため。……俺はばばあ、あんたにこそ聞きたい」

 おばあさんは身動ぎもせず「聞くがよかろう」と短く返した。
 影時は顔をあげ、その場にいる全員の顔に視線を流してから言った。

「北は、存在して良いのか?」

 三龍に対峙し、北以外の龍を滅ぼそうとしていた影時。

(『存在して良いのか』?)

 託占を担う者は現れた。
 僕には、北に行く可能性も出てきた。
 匣姫の存在意義は『四龍を繁栄に導くこと』。
 自分以外の三龍を滅ぼそうとする北に配置されるのは、矛盾する。

「良いに決まっておろう。自然界を統べる四龍にバランスは不可欠。北に滅びて許される理由はない。しかし生き残る気がないのであれば、わざわざ匣姫に行っていただく理由がない」

『滅びて許される理由はない』つまりむしろ、滅びるな、と。
 三龍を滅ぼそうとするこの人に「滅びるな」と。

 もし北で生き残っているのが影時でなければ、三龍はこれほど悩みはしなかっただろう。
 父さんが言った『四龍手を取り合う尊さ』を理解できる龍ならば。

「しかし、ばばあ以外の者は思っているだろう? 北は存在すべきではない、と。どうだ? 南の後継」

 名指しされた紅騎さんが、無表情に顔を上げた。

―― 三龍を滅ぼそうとしてる北に力を与えて、繁栄に繋がるわけないだろ。あんなの、会議する前にはじかれて当然なんだよ。

 南龍屋敷に、母さんの部屋を見に行った時、紅騎さんは確かにそう言っていた。

「確かに。足並みを揃える気のない北は邪魔だ」

 足並みを揃える、と影時は繰り返してから、南の赤い几帳の前まで立った。

「『生き残る』ために手段は選ばない。おまえら南龍は、常々そうだったよな。今でもそうなのか? 後継」

 赤みを帯びる紅騎さんが眉を潜めて、影時を見上げた。

「……そうだ。匣姫が南龍に来たら南全員に分け、“使う”。優月が南に来れば同じように扱う」

 影時は歩を進め、やおら紅騎さんの胸ぐらを掴んだ。
 影時の光が滲む手のひらを、ぼんやりとした眼差しで、紅騎さんは見つめていた。

(これって、まずいんじゃ……)

 全員がこの場の時を止めた二人を、成り行きを見ている。

「北龍」

 止めたのは青鷹さんだった。
 影時の空いたもう片手の手首を取って。

「匣宮さまもそろったこの場で、力技で話をつけることは許されない」


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