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龍のシカバネ、それに月
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 うっすらと開いた赤子の黒い光を帯びた目を見た女は、嬉しそうに微笑を浮かべた。

「わたし、幸せだわ。ここに配されて。龍の子を産めて……幸せだわ。ここに配されて、本当に幸せ……」

 うっとりと夢を見るように微笑んで。
 赤子の指を指先に触れた。

「愛してるわ。元気に大きくなって。お父様と一緒に、この四龍を支えて行きましょうね」

 腕の中の赤子は、美しい母親の言うことを理解しているかのように見えたのは気のせいだろうか。
 そばで、女の夫は黒から灰にぼかしの入った美しい和服に身を包んで、彼女によく似た微笑を浮かべていた。

 夜のことだった。
 屋敷に火の手が上がり、夫である男は襲撃者の力に及ばず、産んだばかりの体を休めていた女は有無を許されず奪われた。

 嘆くばかりの夫のそばで、女が命をかけて産み落とした赤子は、静かに目を開けていた。
 黒い光を帯びた目は、夜の闇を見つめ、月を覆う重い灰の雲を見つめ……

 ……立ち上った幾つもの『赤』の幟(のぼり)が激しい夜風にはためいているのを、しかと見つめていた。






「西の頭領として匣宮さまに申し上げます。西は再興をゆえとして、匣姫を強く所望致します」

 灰爾さんの声が、はっきりと響いた。

『西の頭領』。
 東側から青鷹さんの声が、「それでか」とこぼれるように聞こえた。

「『匣姫の体』を作る秘薬は代々、頭領が管理している。後継にもその場所を明かされることはない。灰爾が秘薬を持っていたのは」

 『頭領』だったから――。
 南側では表情のない紅騎さんが、大きく息を吐いていた。

 灰爾さんが向かう相手は狐の面を被った、子供。

(きつねさんが、“匣宮さま”……?)

 発言権がないことがもどかしい。
 つい前のめりになってしまう僕の几帳の前に、小さなきつねさんが歩きながら面を外していた。
 子供のような背丈の……おばあさん、だった。

 山吹の几帳の前で、ひたと足を止めて。
 おばあさんはその場に座し、深く頭を下げた。

「優月匣姫にお目見えが遅れましたこと、どうぞご容赦下さりますよう」

「……どうして、今……」

 この場に、匣姫は発言を許されていない。
 静さんが後ろから「優月さま」と声をかけてくれるのを、わかっていながら言葉はこぼれ落ちて行った。

「どうして、今、ここにいらしたのですか……」

 おばあさんはゆっくりと顔を上げた。
 二人の間に几帳など存在しないかのように、まっすぐに僕と目を合わせる。

「託占が、必要になったから。匣姫」

「では、貴女が託占を……」

 どくんと鼓動が激しくなった。

 託占。
 あれば良い、なければ良い。
 託占のせいで匣姫は運命を翻弄された。
 ……色んなことを、考えてきた。

 託占ができる者は、本当にいたのだ。
 不思議と、静かにそんなことを思った。


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あきゅろす。
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