龍のシカバネ、それに月
7
「待て。井葉の家に行ったからといって、優月は死ぬわけじゃない」
「……え」
「詳細は俺からは言うべきことじゃないけど、そこは安心していい」
なんだ、と胸を撫で下ろす。
久賀さんの言うことはなかなか要領を掴めないけど、それは。
久賀さんが、伝えるのが苦手というのと、龍の一族として口にしてはいけないことがあるのとがない交ぜになって、彼の口数を減らしているのかもしれない。
「久賀さん、その傷はどうして? さっき、雷みたいな光が空で光っていました。もしかしてあれは……」
僕に貸してくれた寝間着を取りにいくかたわら、久賀さんも破れのない、多分寝間着に着替えていたけど。
服に血が滲むほどの傷があったのは、忘れていない。
「……それも、まだ教えてもらえませんか?」
立ち上がって、久賀さんに近づく。
何をする気かと問いたがっている久賀さんの表情を無視して、傷口に手のひらを当てた。
自分では『流れていってる』なんてわからないけど。
「……う……」
「ごめんなさい。痛みますか?」
「いや……楽になる。ありがとう。でも」
手首を掴まれて、手のひらを傷口から外される。
すわったままの久賀さんが僕をじっと見上げた。
「もう、誰彼かまわず力を与えてはいけない」
「誰彼かまわずじゃありません。僕はここまで、久賀さんにしかしてません。それに、久賀さんにしか、したいと思ってな――」
「優月!」
叱咤するような強い語調に、びくっと肩が動いた。
その振動は久賀さんが掴んでいる手首にまで伝わって。
久賀さんはゆっくり僕の手を離した。
「……ごめんなさい。楽にしてあげられるならと、思っただけなんです」
もう使いません、と続ける僕に、久賀さんは「いい子だ」とうっすら微笑した。
「君は、龍に力を与えられる存在だ。龍なら誰でも君を欲しがる。でも、誰彼かまわず力を与えてはいけない」
「あげられる力がなくなってしまうから……?」
いや、と久賀さんは僕の視線から逃げるように、目を逸らした。
「君が、トウリュウのハコでなければならないからだ」
「トウリュウ…?」
また知らない言葉だ。
目を逸らしたままの久賀さんを見つめ続ける。
「“東”の“龍”でトウリュウと読む」
――南か? それとも西?
さっき台所で聞いた、海路さんと久賀さんの会話。
あの時は何もわからず、思うこともなかった。
確かにあの時、方角を示す言葉があった。
「龍の一族には南も西もあって、久賀さんも井葉さんも東の一族なんですね?
……もしかして、南も西も僕を欲しがっている?……」
しばらく間が開いた後、久賀さんは「そうだ」と言った。
「南よりも西よりも早く、東はハコを――優月を手に入れなければならなかった。一刻も早く、優月に宗家の力になってもらわねば」
久賀さんの話を耳にしながら、僕はさっき台所の窓から見えた不思議な景色を思い出していた。
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