龍のシカバネ、それに月
3
問うと、頭を横に振って「いいえ、後で構わない」と返してくる。
「龍たちに、力を送るから。大丈夫。影時もいつか必ずわかってくれる。四龍、手を取り合っていくことがどれほど尊いかを」
笑みを浮かべてきびすを返していく月哉は、私が最も頼りにしている存在だった。
「四龍、手を取り合う、か……」
味方の龍の力の源である存在。
これほど大きな援護はない。
影時はいずれ力尽きる。
だが、西を含む三龍には、涸れるということがないのだ。
私は、傲慢だった。
そのことに気づいた時は、遅かった。
その時の私はどこまでも影時の後手に回ってしまっていた。
「雪乃! 月哉は!?」
桜子に言われるまで、気付くことすらできなかった。
月哉のために作った祈りの間。
警護は喉をかき切られ、月哉の姿はどこにもなかった。
(気づかないはずがない)
影時が、匣を持たない自らの力がいつか涸れるということに気づかないわけがない。
唯一、龍の力の源である月哉を狙ってくることなど、当たり前に予想できたことなのに。
いち早く影時と月哉を追った桜子の後を追おうとする私は、冷静ではなかった。
「雪乃さま、しかし今、頭領が自ら出られるのは――」
幼子の、色名を与えたばかりの灰爾に、私は笑んで見せた。
「匣姫を守れないようでは、配置先として匣宮に顔向けできません。後を頼みますよ、灰爾」
どうして幼い灰爾に、後を託そうとしたのか。
私はこの期に及んでも、まだ後手に回らされていることに気づいていなかったのだ。
必ず帰ると、心の底から信じていた。
灰爾の耳元に対策を囁いている自分ですら、それが以後実行に移されるなどとは思っていなかった。
灰爾は強ばった顔のまま、こくりと頷いた。
「俺も、西の色名の端くれです。雪乃さまのお言いつけは必ず守ります」
灰爾の返事を最後まで聞いていたかどうか。
私は影時と月哉を、桜子を追った。
雨が激しいのは水を操る影時の仕業か。
四龍のうち、誰よりも速く移動できる白龍は、すぐに影に囚われた桜子を見いだし……その目の前で、影時の下に組み敷かれている月哉を視界に映した。
「月哉!」
水に溶けた泥の上。
かろうじて腰に衣類をたるませただけの月哉は、脚を大きく開かされ、影時の剛直を飲み込まされていた。
私の声に気づかない月哉は、ただ揺すぶられるがままに、ひきつった声を上げている。
涙で濡れているのか、雨に濡れているのか、冷えた面差しにいつも見せてくれる幸福さなどあるわけもなく、恐怖に強ばった顔がふいに私を見た。
黒く美しい目が、驚きに見開き、やがて、獣の咆哮のような声を上げた。
「やめろ! 私から出て行け! 雪乃の子が、死んでしまうっ……」
何と言った?
腹に、子が?
――後で構わない。
さっき言おうとしていたのは、このことだったのか。
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