龍のシカバネ、それに月
3
久賀は哀れむような目で母さんを見つめた。
「貴女は南に忠実に動いておられる。しかし、南が貴女を支援しているようには見えない」
「――っ……別に、支援を求めてなどおりませんから」
「ハコヒメさまもまだこれからご成長される。匂いが強くなれば、貴女がたがどれほど遠くへ逃げようと、龍は必ず見つけ出す。朝陽くんはまだ幼い。彼が目覚めるまで、貴女1人で守りきれますか?」
ちらと優月を見やって、久賀が言うのを、母さんは唇を噛んで聞いていた。
「……昨晩、優月を連れて行こうとしたのは東龍でした。青鷹さまは、同じ東の龍なのになぜ同胞を倒して、優月と私を助けたんですか。そんな風にしてもらっても、私は恩義など抱きませんし、優月を貴方に託すつもりは――」
「母さん」
2人の間にいた優月が、母さんの話に割って入った。
俺がわからない話の内容を、優月だってわかっているわけがない。
母さんもそう思っていたんだろう。
薄く笑みを浮かべて、立ち上がりかけた。
「そうね。朝ご飯にしましょうね。お腹すいたわよね。朝陽も起きてくるでしょう」
「青鷹さんに、一緒にいてもらおう? 僕は青鷹さんを信じたい」
立ち上がりかけたまま、母さんは止まった。
久賀も多分、驚いたんだろう。
優月の髪を指に絡めたまま、止まっていた。
「優月……貴方、話がわかるの……?」
泣きそうになった母さんが、震える声で問うと、優月は久賀の手から離れて、母さんの額にそっと触れた。
「わかるよ。大丈夫。僕を信用して?」
小さな女の子みたいに、母さんは泣きそうになりながら優月の額に手を翳した。じわりと光が滲んでいる。
「桜子さまっ……!」
久賀の慌てたような声の後、どうしてか気を失ったらしい優月が母さんの膝に落ちた。
母さんは優月を抱きしめて、やっぱり泣きそうな顔で何かを堪えるように、自分の額に手をやった。
昨晩、血を流していた額に。
「傷が……消えています」
震える手を、優月の体に戻して抱きしめる。
「桜子さま。貴女はもしかして、いつも匣姫さまの成長を留めようと、記憶を封じているのですか……」
(成長をとどめる? 記憶を封じる?)
わけのわからない話は続く。
俺は布団の中で体を丸めて、得体の知れない不安を必死で抑えていた。
何かが起こっている。
平凡なはずの暮らしに、変化が起こりつつある。
それが何か、想像がつかないことが恐ろしくて。
「優月が成長しなければ良い……小さいままでいれば……。だって匣姫になったって、幸せですか? 月哉さまは……あの方は……っ、匣姫であるがために……。
それなのに、私の術なんてかいくぐって、匣宮の血は優月を揺り起こしてくる……。優月が匂いを持ち始めたらどうしたら良いの? 朝陽や私も、この子を欲してしまったら、どうしたら良いの? 誰か、助けて……!」
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