龍のシカバネ、それに月
2
俺が話している途中で、母さんは合わせていた視線をカーテンの向こう側へやった。
「来たわ。良い? ここを出ないで。貴方は優月を守っていて。必ずできるわ」
守る!?
『来た』って何が!?
問う暇もなかった。
母さんは一瞬にして目の前から“消えた”から。
(何!? 何が起こってるんだ!?)
布団から飛び出して、カーテンを開いた。
漆黒の夜空に、時折光が走る。
(雨は降っていないのに。雷だけ?)
よく目を凝らして見ると、糸くずのような細い光が、水の中に浮遊でもしているかのように動いていた。
それが龍だということなど、そしてその1つが母さんだということも理解できないまま、カーテンを閉じた。
得体の知れない不安だけが湧いてくる。
残る頼りは兄の優月だけだ。
起こして、事情を聞いてもらおう。
そう思って振り返って、目を見張った。
「優月っ……!?」
知らない男が部屋に立っていた。
眠る優月を抱いて。
――朝陽と私は匣姫さまをお守りするのが使命。決して北にも東にもやらない。南龍の名にかけて。
――良い? ここを出ないで。貴方は優月を守っていて。必ずできるわ。
(優月を守る)
端から無謀だった。
相手は東の龍。
11才の、龍の力を持たないただの子供に立ち向かうすべなんかない。
近づくことすらできないまま、優月を肩に抱いた龍は手に滲ませた光を俺に放った。
「――――っ!!……」
ヒトの手から衝撃波が出るのなんて、マンガでしか見たことがない。
その衝撃で壁に叩きつけられて落ちた俺は、やすやすと優月を連れ去られるのを見るしかなくて。
2人目の来訪者が傷ついた母さんを背に現れて、優月を取り返してくれるのを、ただ呆然と眺めていた。
「久賀青鷹と申します。碧生さまの命により、桜子さまを探しておりました」
朝になって、眠たい目をこすりながら起きると、昨晩優月を取り返してくれたヤツが母さんと向き合ってすわっていた。
久賀青鷹――初めて聞く名前を持つそいつのそばに、優月がすわっている。
久賀は優月の髪を撫でて「不思議です」と呟いた。
「こんなに小さいのに、匣の力が流れてくるのがわかります」
(ハコのチカラって何だ? ハコって箱ってこと?)
そういえば母さんも昨日、優月をハコヒメだとか言っていた。
布団から出ると怖いことが起こりそうな気がして、まだ寝ているふりをして様子を窺った。
穏やかな話し口調の久賀に対して、傷を負った母さんは重く、眉を潜めながら、手をついて頭を下げた。
「昨晩、優月と私を助けて下さったことには感謝しています。でも、優月を東に渡すつもりはありません」
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